| 照れまん's profile寝だめカンタービレBlogListsNetwork | Help |
照れまん君の俳句歳時記 「青鷺」 青鷺が立ってる朝の庭池に 照れまん
朝起きて、障子を開けてサッシ越しに庭を見てびっくり。
サギだ、サギだ~~、鷺が来ている~~!
錦鯉が獲られてしまう~、瞬間追っ払おうか・・・・、と思ったが、待てよ!
カメラ、カメラ、カメラだ~~、と慌ててカメラを取り出す。
が・・・・・・? (1)
2009 11 22
「もしもし、お取り込みのところ失礼致しますが、『青鷺』って 『夏の季語』
なんですけど・・・・・。」
え~~っ、じゃあこの句は 夏になっちゃうの~?
「そういうことです。」
じゃあ、サギってこと?
「詐欺 では無いですが、サギです.。季違いということで・・・!」
ゲゲ~ッ!どうすればいいのよ。サギ君どうする?
「冬なら、冬の季語を入れて下さい。」
うう~~ん、参ったなあ~~! (2)
青鷺
脊索動物門・鳥綱・コウノトリ目・サギ科 アオサギ
学名 : Ardea cinerea Linnaus. 1756
Cinerea とは 灰色の という意味らしい
英名 : Grey heron (grey も 灰色)
サギ科は世界に65種。 日本に19種 生息。
冬は嘴などは黒っぽく見えますが、夏季の繁殖期には、目先・足・嘴が、
やや赤みを帯びるような「婚姻色」になるそうです。
(3)
夏の青鷺 2008 07 30
さてさて、俳句ですが、「日本大歳時記」(講談社)によりますと、
「青鷺」 は 夏の季語。
アオサギは、本来は渡りをするそうです。夏は北海道や東北地方で繁殖し、
冬になると、九州以南に渡って行くそうです。
ところが、最近は日本の国内を、夏は北の方、冬は南の地方に移動する
程度。或いは、本州・西日本・四国九州では、留鳥となり、一年中見られる
ようになっているそうです。
俳句では夏によく見られたので、夏の季語 になっています。
俳句を見てみましょう。
昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ 芭蕉
夕風や水青鷺の脛をうつ 与謝 蕪村
(ゆうかぜや みず あおさぎの はぎ をうつ)
蕪村の句、青鷺のスネにさざ波が当たっているのですね。
スネは「脛」と書き、「はぎ」とも読みます。この句では「はぎ」と読むようです。
いまだに、脛をかじっている私ですが、「臑をかじる」も「脛を齧る」 も 同じ
です。2種類の漢字があります、と 脛に傷を持つ 私が書いています。
コラコラ!
明治以後の俳句も見てみます。
夕嵐青鷺吹き去つて高楼に灯 高浜虚子
青鷺の吹き分れしは離宮かな 阿波野青畝
青鷺の貴婦人立てリ浜の秋 神蔵 器
神蔵氏の句は、季語は 「浜の秋」で 秋 になります。
「白鷺」 も 夏の季語 です。
白鷺 というのは白い鷺ということで、白鷺という種類は居ないそうです。
種類名を書くと、小鷺(コサギ)、中鷺(チュウサギ)、大鷺(ダイサギ)、
そして、亜麻鷺(アマサギ)の幼鳥の時、などを白鷺と呼ぶそうです。
残念ながら、白鷺は我が家に来てくれないので、写真に撮ることが出来
ませんでした。
俳句を一句載せてみます。
峡の白鷺夕日はものを細うなす 中村草田男
(4)
2009 11 22
ブログを見ていると、とても素晴しい野鳥を撮っている方がおられます。
すごいなあと、ただただ感心して見ているばかり。
私も何度か野鳥を撮ろうと試みたのですが、点のようにしか撮れず、すぐに
逃げられて近づくことが出来ません。雀すら撮ることが出来ませんでした。
それで、私のコンパクトカメラでは無理だと諦めていました。
野鳥を撮っている人達は、きっとすごい望遠レンズをお持ちなのだろうと
羨望の眼差しで・・・・・。
そんな時、飛んで屁に入る夏の鼻。
こらこら、臭いねえ! 飛んで火に入る夏の虫でしょう。
ハイ、その通り!
鷺が庭に来てくれたので、チャンスとばかり、カメラを取りに部屋に戻り、
慌ててカメラのスイッチを入れたのですが、あせっているので、設定を変える
こともできず。
慌てる乞食はモアイ像・・・・。
もしもし・・・?親爺ギャグも大概にしなはれや。怒りますよ~!
サッシをほんのちょっと開けただけで、パチリ!と撮ったのですが、その時
には、もう鷺は気配を感じていて、逃げようと向こうへ歩き始めているのです。
そこで、サッシを開け ツッカケ を履いて、少しでも近づこうと庭に降りて
行ったのですが、残念!あれよあれよいう間に飛び去ってしまいました。
ピンとは合わない、シャッターは下りない、本当に難しいですね。
飛び立つ時は動きが速く、まったくカメラが付いていけませんでした。
(5)
青鷺は国によって、好かれる国と嫌われる国があるようです。
なぜ嫌われるかと言うと、鷺が首を曲げているときの様子が、人間が
卑屈になった時やへつらう時の首の動きに似ているからだそうです。
―― そう言われれば、そんな風にみえますね ――
好かれる国では、毎年きちんとやって来る。朝来て夕には居なくなる。
まるで太陽のような行動をする。それで、「生と死」を行き来する「再生」
のシンボルとされたようです。(古代エジプト)
日本でも大変好かれていて、神社の神事に登場します。山口県やお隣
の島根県津和野の鷺舞は、有名です。あれは、白鷺の舞ですね。
元は京都で行われていたものが、室町時代に山口へ、そして山口から
津和野に伝えられたそうです。
鷺という漢字は、路に鳥と書きます。
路は、心霊が降格する、その足を表すことから、神の降りる道。そこから、
みち・道・路 になる。
古代中国では、鷺の羽は貴重なもので、献上品だったり、鷺の舞が奉納
されていたそうです。
(6)
2009 11 17
上の写真は、庭に来る五日前に、隣の家の屋根の上にいるところ。
この時、我が家の庭や鯉の様子を、しっかり観察していたのでしょう。
以前、鷺に何匹も鯉を獲られたので、防鳥ネットを池の上に張っていま
した。
その後、来なくなったので、防鳥ネットは外し、高い所に3本針金を張って
いました。そしたら、やっぱり鷺がやって来て針金に引っ掛り、危うく墜落
しそうになりました。
「ギャギャー!」と、けたたましい鳴き声がしたと思ったら、バタバタと大慌て
で体勢を立て直し、逃げていきました。
それに懲りたのか、ここ10年ほどは来なくなっていたので安心していた
のですが、今回は池の側に直接下りないで、少し離れた庭に先に降り、
そこから歩いて池の側に来たようです。賢くなっています。
さてさて、最期の写真は、ちょっとトリミングしてみました。
(7)
寒鯉を狙う青鷺屋根の上 照れまん
冬の季語を入れて詠んでみました。
写真の 3・5・7 番は トリミングしています。
3番は夏、それ以外は 冬に撮った写真です。
最期に一句。
お口直しに、北海道の雄大な景を詠んだ、夏の青鷺の句を載せて見ます。
洲に立てる青鷺ひとつサロマ川 水原秋櫻子
いい句ですね。
今回は 夏の季語 青鷺 を載せてみました。
それでは、また・・・・。
照れまん君の俳句歳時記 「アメリカ朝鮮朝顔」 アメリカ朝鮮朝顔
(1)
2008 09 02
この花を最初見たときは、「オオ~ッ!」と、花の大きさに驚きました。
15~20cmはあるでしょうか。まさに、巨大な朝顔です。
「アメリカ朝鮮朝顔」 とは変わった名前。
亜米利加 なのか、朝鮮 なのか、はっきりして欲しい感じです。
そこで、先ず名前を調べてみました。すると、「朝鮮朝顔」 というのが出て
きます。
朝鮮 というのは 朝鮮半島に自生している植物 という意味ではなく、外国
から来た、という意味だそうです。
初めに渡来したインド・アジア原産のものが、「朝鮮朝顔」と名付けられ、
その後、それに似ていて、アメリカ原産の物が渡来したので、
アメリカ朝鮮朝顔 と呼ばれるようになったらしい。
朝鮮朝顔・チョウセンアサガオ については、また後で、書きます。
(2)
まづは、亜米利加朝鮮朝顔。
被子植物門・双子葉植物綱・ナス目・ナス科チョウセンアサガオ(ダチュラ)属
アメリカチョウセンアサガオ・亜米利加朝鮮朝顔
原産 : 北米南部 メキシコ
アメリカ朝鮮朝顔 は北米原産らしい。一年草、木ではなく草。
日本には、江戸時代末頃渡来したそうです。
アメリカ朝鮮朝顔の中に、幾つかの種類があるようです。
名前や種類を調べていましたが、調べれば調べるほど、解らなくなってしまい
ました。
アメリカチョウセンアサガオ と ケチョウセンアサガオ というのが
どう見てもそっくりなのです。
(3)
アメリカチョウセンアサガオ(亜米利加朝鮮朝顔) と
ケチョウセンアサガオ (毛朝鮮朝顔) 。
あるサイトには、和名 「ケチョウセンアサガオ」 と書かれ、別名として
「アメリカョウセンアサガオ」 と書かれています。同一のもので、呼び方が
違うだけのようです。写真はまったく同じです。
ところが、また別のサイトには、
アメリカチョウセンアサガオ 学名: Datura meteloides
ケチョウセンアサガオ 学名: Datura inoxia
と、別の学名が書かれています。
学名が違うと言うことは、別物ですよね。どこかが違うのでしょう。
ところが、どこがどう違うのか、見分け方は書いてありません
もう一つ不可解なのは、アメリカチョウセンアサガオもケチョウセンアサガオ
も、学名が上記の物と違うサイトがあるということです。
さてさて、どれが正しいのか、私のような植物学素人には解りません。
ここでは、???マークを付けておきます。
(4)
2008 09 02
ここで撮影しているのは、どれも同じ種類のようです。
私の家からは 200~300mくらい離れた、道路の側に無造作に咲いて
います。
3箇所に咲いていますが、10mくらい離れたすぐ近くです。
(5)
何度かこの前を通っていたのに、一度もこの花が咲いたのを見たことが
有りませんでした。いつも、夕方だったからなのです。
見ると、枯れたような汚いものがダラリと萎れていて、棘のある玉が
くっついていたので、こういう草だと思い、棘のある玉の写真を撮って
いました。
ところが、ブログ友のところで、写真を見て、亜米利加朝鮮朝顔 なのだ
と知り、思い切って午前中に出掛けて行って、びっくり!!
まさかまさか、この草にこんな巨大な花が咲くなんて・・・・・・。
そこで、やっと写真を撮ることができました。
私が散歩する、限界の距離なので、滅多に行けません。
(6)
2008 09 01
上が実です。中に種があります。
種も茎も根も葉も、みんな有毒と書いてあります。注意です!
(7)
アメリカ朝鮮朝顔 2008 09 02
「朝鮮朝顔」
さて、朝鮮朝顔ですが、これが一番最初に渡来したもの。
江戸時代中期には、渡来していたようです。
花岡清州が世界で初めて前身麻酔の手術に使った「通仙散・つうせんさん」
は、朝鮮朝顔から採った物だそうです。
朝鮮朝顔 学名 : Datura metel
原産 : インド、 南アジア
朝鮮朝顔は夕方咲くそうです。
それで、アメリカでは 「Moon Flower」 と呼ばれているとか。
花は植物園などで見ることは出来るそうです。一般にはとても少いよう。
この辺りでは、残念ながら花を見つけることは出来ませんでした。
見付けたとしても、私は朝鮮朝顔とアメリカ朝鮮朝顔の違いが解りませんので、
無理なような・・・・。それで、本j家 朝鮮朝顔の写真はありません。
亜米利加朝鮮朝顔とそっくりなようです。
朝鮮朝顔は上向きに白い花を咲かせるそうですが、それとは逆に、下向きに
花を咲かせる名前がよく似ている、木立朝鮮朝顔 というのが有ります。
こちらは、何本か木を見付け、写真を撮ることが出来ましたので、こちらを
載せてみます。
「木立朝鮮朝顔」
(8)
2008 08 10
これがまたややこしいのですが、木立朝鮮朝顔は朝鮮朝顔とは違うものの
ようです。
ナス目・ナス科 ブルグマンシア(キダチチョウセンアサガオ)属
学名 : Brugmansia ブルグマンシア属 と言うそうです。
園芸名 : angel`s Trumpet エンジェルス・トランペット
日本では、エンジェルトランペット と呼ばれることが多いようです。
以前は、チョウセンアサガオ属(ダチュラ属)の中に含まれていたそうですが、
こちらの植物は木本化するので、今では別にキダチチョウセンアサガオ属
(ブルグマンシア属) と分類されるようになっているそうです。
(8)
2009 11 12
木立朝鮮朝顔 の中にも、幾つもの種類があるようです。
その中で、よく見られるものを二つ、取り上げてみます。
① 学名 : Brugmansia suaveolens 和名:キダチチョウセンアサガオ
ブルグマンシア・スアウォレンス 木立朝鮮朝顔
② 学名 : Brugmansia x candida 和名 :コダチチョウセンアサガオ
木立朝鮮朝顔
①の方は ガク が4~5裂 浅裂
②の方は ガク が2~3裂 角ばらない
萼を見た限りでは、私の撮っているものは、キダチチョウセンアサガオ
ではないかと思います。
しかし、キダチ も コダチ も漢字で書くと 木立朝鮮朝顔となるので、
ややこしいですね。
(9)
2009 11 12
木立朝鮮朝顔は、大正時代初めに渡来と書かれています。
木立朝鮮朝顔の花言葉は、「素敵な恋人」・「愛嬌」・「変装」・「愛敬」
「偽りの魅力」 だそうです。
サイトによって花言葉が違うので、全部書きました。
(10)
2008 08 18
木立朝鮮朝顔の原産は 南米・ブラジル と書かれています。
この花は、特に最近人気があり、どんどん品種改良され、黄色や白の他、
ピンク・オレンジ・八重 など 100種類を越える園芸品種が作り出されて
いるそうです。
(11)
今年は見に行くのが遅かったので殆ど枯れていました 2009 11 12
さて、いよいよ俳句ですが、俳句には「ダチュラ」の季語で載っています。
これは、江戸時代に薬用とされた、一番古く入ってきた「朝鮮朝顔」 です。
「ダチュラ」・「朝鮮朝顔」 は 夏の季語。
傍題に、「曼荼羅華」・「喘息煙草」・「気違茄子」 があります。
歳時記の説明によると、高さは2メートルくらいになる。暖地性で寒さに弱く、
最近は見かけない。喘息の治療に用いられていたが、猛毒を含むので、
中毒になると発狂状態になり危険、と書かれています。
ということは、今我々が普通に見ている朝鮮朝顔は、殆ど別種類の
最初に載せた、亜米利加朝鮮朝顔 ではないでしょうか。
ここで、俳句を載せたいのですが、残念ながら私の持っている俳句歳時記
には、例句が一句も載っていません。
仕方がありませんので、私が一句。
ダチュラ咲くヌッと顔出す鳩山氏 照れまん
う~~、これはお粗末!
(12)
2008 09 01
俳句歳時記には「木立朝鮮朝顔」は載っていませんが、もし載せると
したら、「夏」より 「秋の季語」の方がいいような気がします。
(13)
2008 09 02
ヤンキーのダブダブの服花ダチュラ 照れまん
植物は 年とともに分類が変わったり、品種改良されたり、どんどん新しく
なっているので、調べれば調べるほど、難しいですね。
朝鮮朝顔 も 亜米利加朝鮮朝顔 も 木立朝鮮朝顔 も どれも別名が
が 「ダチュラ」 と呼ばれたり、「エンゼルトランペット」 と呼ばれたりして
同じ名前なので、随分と混同されているようです。
朝鮮朝顔は夕咲きと書かれていますので、私が見たのは朝咲いていたので
亜米利加朝鮮朝顔に間違いないと思うのですが、これがまたサイトによって
違っています。夕咲きと朝咲きが逆になっていたりして、どうなっているので
しょうか。朝顔だから朝咲くとは限らないようですし・・・・。
アメリカ朝鮮朝顔はただ単に、朝鮮朝顔と呼ばれることもあるようなので、
混乱をきたします。
もし、ここに載せた写真や記事が間違っていたら御免なさい。謝ります。
訂正させていただきますので、その時はヨロシク。
今回は、亜米利加朝鮮朝顔 と 写真は載せられなかった 朝鮮朝顔、
そして、木立朝鮮朝顔 を載せてみました。 照れまん君の俳句歳時記 「水洟」 みずっぱな昔の自分ここにをり 照れまん
戦後の子供って、みんな洟を垂らしていました。
水洟や青洟。それを、袖口で拭くので、袖はガビガビ。
青洟は洟をすすると、するっとまた鼻の中に入っていき、二本が上下
するので、特急電車などと呼んで、面白がっていました。
私などは、いまだに 洟垂れ小僧で 一年中水洟が出ています。
アレルギー性鼻炎なのか、風邪なのか??
おかげで、しっかり 鼻紙王子 しています。
2009 11 12
さてさて、俳句ですが、俳句に 「水洟」 の季語があるのをご存知でしょうか。
「水洟」(みずばな) は 冬の季語。
傍題には 「みづばな」・「洟水」(はなみず)・「みずっぱな」 などがあります。
「ハナミズ」を辞書で引きますと、「鼻水」の漢字しか出てこないものもあります。
俳句では、殆どの場合、三水の「洟水」を使っています。
水洟はものすごく俗な季題ですが、それを逆手にとって、素晴しい俳句が
幾つかあります。
それらを、少しだけ載せてみます。
水洟や鼻の先だけ暮残る 芥川龍之介
芥川龍之介氏の有名な俳句。水洟を代表する句。
鼻の先に、夕日が当たっているのでしょうか。
それとも、洟をかんでいると、だんだん鼻の先が赤くなってくるので、それを、
夕日に見立てているのでしょうか。面白い句です。
この句は、芥川龍之介自身が自死する前に、主治医に「自嘲」と書いたもの
を渡したそうです。その中に書かれていた俳句。
作られたのは、それより少し前のようですが、本人にとっては、辞世の句の
ような気持ちがあったのでしょうか?
世の中、万物様々なことがありますが、自分の書き残した物など、ほんの
ちょっと、鼻の先ほどのことしか書いていない、ということでしょうか?
何も知らずに鑑賞していたのと、こういうことを知って鑑賞したのでは、随分
イメージが違ってきます。とても深いものを感じてしまいます。
水洟や仏具をみがくたなごころ 室生犀星
室生犀星氏の句も面白い。
仏具を磨いているので、手が汚れている。しかし、鼻が出そうになっているのだ
けれども、鼻をかめば手が汚れて不浄になるので、我慢しているのでしょか。
同じ手でも、仏具を磨く汚れと、洟の汚れでは違うのでしょうね。
面白い俳句です。
幇間の道化窶れやみづっぱな 太宰治
この句は難しいですね。字が読めません。
幇間(ほうかん)とは たいこもち。もう一つは、窶(やつ)れ と読みます。
男芸者といえばいいのか、たいこもちが水洟を出し、やつれながらも道化て
いるのが、何とも哀れだなあという句のようです。
偶然にも小説家三人が詠んだ「水洟」の句。小説家の俳句は決して多く
はないのに、奇しくも三人が水洟の句を詠んでいるのが面白いですね。
不思議です。
その他の俳人の句も載せてみます。
水洟や一念うつす古俳諧 鈴鹿野風呂
鈴鹿野風呂(すずか のぶろ)氏。1887年(明治20)~1971年(昭和46)。
「京鹿子」主宰。
古い俳句の中に、その人の全身全霊の込められた、一念が滲み出ている句
があり、それを鑑賞しているのでしょうか。
そうすると、自分はだらしなく水洟が出てきてしまったのでしょう。
これはいかんぞ、一念発起しなくてはと・・・・、思っているのでしょうか。
しびれるような、いい俳句です。
念力もぬけて水洟たらしけり 阿波野青畝
阿波野青畝(あわの せいほ)氏。1899年(明治32年)~1992年(平成4)。
年を取ってしまうと気力も念力も萎えてしまって、水洟が出てきてしまいます。
いつの間にか、好々爺になってしまっているというのでしょうか?
それとも、何かとても気を張った仕事をしていて、それが終ってほっとしたら、
水洟が出てきてしまったというのでしょうか。
どちらにしても、俳諧味のある素晴らしい俳句です。
水洟や我孫子の駅のたそがれて 石田波郷
水洟も郷里艶めく橋の上 飯田龍太
どの句も、みんな素晴しい句です。俳句界大御所の競演。
あと二句ほど、とても面白い句を・・・。
水洟を貧乏神に見られけり 松本たかし
水洟や仏観るたび銭奪られ 草間時彦
草間氏の句は、奈良での吟だそうです。
水洟を詩の中心に詠み込むなどというのは、世界の詩の中でも珍しいのでは
ないかと思います。ちょっと嬉しくなります。
さてさて、上の写真。
私の部屋のすぐ裏にある保育園の菜園で、朝から賑やかに芋掘りをしていま
した。そこで、私も起きて行き、パチリと撮らせて貰ったスナップ写真。
午後3時過ぎ、お八つ時に保育園にカメラを持って行き、芋掘り風景の
スライドショウーをさせてもらいました。
馬鹿受けでした。一廻り終わると、もう一度見せてというので2回目。
それが終っても、「もう一度〇〇君の鼻水の写真が見たい!」というので、
手動で早送りしながらもう一度見せました。みんな立ち上がってテレビの前に
来て大笑い。保母さんにも馬鹿受けでした。
〇〇君の名誉の為に、顔の全体は出せませんけど・・・。
次に撮る時は、2枚目に可愛くとりますからね~!
〇〇君
私は保育園のお八つの蒸かし芋を一個貰って帰りました。 ありがとう
今回は、久しぶりに 照れまん君の俳句歳時記。
冬の季語 「水洟」 を書いてみました。
ややこしや泣いているのか水洟か 照れまん
照れまん君の花 「今、庭に咲いている花」 今日は、11月11日
冬がもうそこまで来ていますが、今我が家の庭に 咲いている野草や花。
少しだけ写真に撮リましたので、載せてみます。
先ず、黄色い小さい花。草丈は10cm位しかありません。
(1)
アキノキリンソウ 2009 11 08
どうやら、アキノキリンソウ で間違いないようです。
毎年、同じ所に、2~3本 咲いて呉れます。とても小さな野草です。
続いて、薄紫の小さな花。
(2)
ヤマハッカ 2009 10 28
草丈は20~30cmくらい。ひょろ~と、10本ばかり生えています。
よく見る小さな花なのですが、名前は知りません。
名前を知らなかったのですが、ブログ仲間のPu‘waさんから、この花を見て
とコメントにリンクがありましたので見たところ、これではないかと思うのが
見つかりました。
ヤマハッカ属 ヤマハッカ ・ 山薄荷 これだと思います。
(3)
これは、2年前に同じところで撮ったもの。
続いて、石蕗・ツワブキ。
(4)
2009 11 05
今、庭じゅうに咲いています。
ツワブキが咲くと、冬が来たと言う感じなのですが、今年はまだあまり寒く
ありません。
これから、いよいよ冬本番になるのでしょう。
(5)
2009 11 08
「石蕗の花・ツワブキの花」 は以前記事を書きました。
↑ もしよろしかったら、そちらを御覧下さい。
(6)
2009 10 28
次の花は何でしょう。
たぶん、園芸種の花だと思います。
花好きの人が見れば、すぐに名前は解るのでしょうね!
(7)
ベゴニア 2009 11 11
早速、上の写真の花が解りました。
冬咲きベゴニア のようです。
次は 「酔芙蓉」。
(8)
2009 11 11 AM11:01
午前中、上の白い花が午後にはだんだんピンクになり、翌日には下のような
赤い花になります。
だから、酔芙蓉。
いい名前ですね。
「酔芙蓉」 は以前に記事や俳句を書きました。
↑ もしよろしかったら、こちらも御覧下さい。
(9)
2009 11 12
続いて、「 山茶花 」。
(10)
2009 11 11
上の「酔芙蓉」と「山茶花」は、今がちょうど盛りです。
写真をアップしようと、今慌てて撮って来ました。
「 秋明菊 」
最期は古い写真ですが、2年前に撮りました、秋明菊。
母が倒れた年に植えたようです。母は2007年7月に倒れました。
それで、夏には誰も花に水をやる者がいなくなってしまいました。
そうしたら、蕾が暑さでぐったり。下の写真。
(11)
仕方なく、私が水をやり始めたら、蕾がしゃんと立ってくれました。
(12)
秋には、僅かながら花を付けてくれました。
(13)
古い壊れたカメラで撮った写真が、やっと日の目を見ました。
名前を知らなかったので、パソコンのフォルダには「庭・名前の解らない花」
として、いろんな花とごっちゃ混ぜにファイルしてました。
つい最近、花の名前が解りましたので、「秋明菊」のフォルダを作り、やっと
移動させました。
(14)
冬は草花の枯れる季節。
しかし、寒さに負けず健気に咲いている草花。
そこで、今回は急に思い立ち、「今 我が家の庭に咲いている花」 を載せて
みました。
それと、お蔵入りになリかけていた、一昨年 古いカメラで撮った「秋明菊」と
ヤマハッカ も載せてみました。
照れまん君の花 09年の「椿」 椿の花
今年、椿の花を撮ったまま、撮りっぱなしにしていました。
それで、今頃?と思われるかも知れませんが、お蔵入りしかけている
椿の花を、少しアップしてみたいと思います。
2009年、椿の花。
そういうことで、今回は記事なしで、写真だけです。文章は出来るだけ
短くします。
まずは、我が家の 藪椿・ヤブツバキ から。
(1)
藪椿 2009 04 08
次は、本当に藪の中。葉に覆われた藪椿の薄暗い枝の中。
二輪の花を一枚。
(2)
2009 04 11
ちょっと、教会のベルのような・・・・・・!
逆光の藪椿も 一枚。
(3)
背後からの光 2009 04 08
誰に見られることも無い我が家の藪椿。
藪椿の花を撮っていると、飽きません。
一つ一つの花が違って色がいいし、光の具合でとても綺麗に輝いてくれます。
もう一枚だけ・・・・。
(4)
2009 04 10
続いて、我が家の 肥後椿 らしきもの。
(5)
2009 03 20
肥後椿らしいものは、10本ばかりが生垣になっています。
紅・白・斑 など、色々咲いてくれます。
(6)
2009 03 07
続いて、乙女椿を2枚。
(7)
2009 03 19
全開した花は、こんな感じです。
(8)
2009 03 19
今までは、我が家の椿でしたが、ここからは 近所の椿。
先ずは、【 A さん宅 】
とても綺麗な椿で、中心の芯が大きくて白くなっている花もあります。
綺麗な花は高い所に咲いているので撮れず、一番低い所の花を撮りました。
(9)
2009 04 16
Aさん宅のお庭には、君子蘭の鉢植えが沢山あり、私が椿の写真を撮らせて
もらっていたら、「君子蘭を1鉢持って帰りんさい!」といわれたのですが、
私は枯らせて仕舞いそうなので、有り難いのですが、お断り致しました。
続いて、【 B さん宅 】
(10)
2009 04 08
B さん宅には、花の形は同じで、白・ピンク・赤の色違いが有ります。
上と下は、一緒に咲いています。
(11)
2009 04 08
真っ白も真っ赤もあるのですが、時期が過ぎていて あまりいい写真が
撮れませんでした。
続いて、C さん宅。
(12)
2009 05 06
C さん宅はもう誰も居なくて、家は取り壊され、椿だけが咲いています。
次は、【 D さんのうちの畑 】 に咲いている、大きな椿。
たぶん、荒獅子だと思われます。
(13)
2009 02 23
とにかく、大きな椿です。
(14)
荒獅子? 2009 03 27
上の荒獅子は同級生の家の畑。我が家のすぐ隣。
お母さんが私に、
「この花は大きすぎて気持ちが悪いけえ、あんたの家へ持って帰りんさい。」
と言います。我が家もこんな大きな木ごともらっても、置く場所が無いので、
遠慮しています。
それから、今年新しく見つけた、【 E さんのうちの畑 】に咲いているもの。
海岸のすぐ近くの畑で見つけました。木はまだ50cmくらいの小さな木。
とにかく花が大きいのです。牡丹みたいです。
荒獅子が大きいですが、それをすっぽり包むくらい。
こんな大きな椿は初めて見ました。
大きすぎるので重いのか、下向きに咲いています。
写真を4枚ほど載せてみます。
(15)
2009 03 28
見つけたときには、たった一輪しか、残っていませんでした。
地面から10cm位の所に、下向きに咲いています。
下向きで花の中が見えませんので、ちょっと左手で持ち上げてパチリ!
(16)
2008 03 28
左に、私の親指と小指の付け根の手の平が写っています。
それで、花の大きさがわかるでしょうか?
二日後、天気のいい日にもう一度、写真を撮りに行って見ました。
そしたら、太陽が当たると、ピンク色がものすごく綺麗なのです。
(17)
2009 03 30
高い所のように見えるのですが、地面から10cm位のところです。
折角ですから、カメラを地面の上、花の下に入れて、撮ってみました。
(18)
2009 03 30
牡丹のような大椿の畑に何度か通ううち、やっと持ち主のお母さんに会う
ことが出来ました。品種名を聞いたのですが、解りませんでした。
山を越えた畑の中に大きな木があり、それがあまりに綺麗なので枝を
折ってこちらの畑に挿したら、着いてくれたと喜んでいました。
では、最期の一枚。
これも、今は空き地になっている 【 F さん 宅 】 に咲いている花。
(19)
2009 04 28
昨年、椿の記事や俳句を書きました。
↑ ↑
もし、お暇な方でまだ見てなくて、見てみたいという奇特な方が
おられましたら、御覧下さい。
今年10月25日頃には、我が家の山茶花がもう咲いていますし、近所の
寒椿も、もう咲いていました。
随分早いような気がします。
年毎に、一年の経つのが早くなるなあと感じつつ・・・・。
今年撮った椿は載せるのは止めにして、来年もう一度きちんと撮って載せ
ようと思っていたのですが、思い切って載せることにしました。
どの家の椿もよく似ているのですが、よく見ると少しづつ違います。
椿って、よく見ると、とっても綺麗で面白いですね。
今回は、09年春に撮った「椿の花」を数種類、載せてみました。
照れまん君の 「カマキリ」 追伸 カマキリ君の その後
前回、蟷螂・カマキリを載せましたので、その続編です。
我が家の藤袴の上で、ジーッと獲物を待っているカマキリ君。
今日もまだ居ます。
(1)
2009 10 28
上が、今日のカマキリ君です。
いやいや、これはオスではなくメスかも知れないので、カマキリ夫人。
もう1週間になりますが、まだ藤袴の上で粘っています。
このカマキリ夫人が獲物を食べている所を、四日間見なかったのです。
獲物を獲るのが下手なのかと思っていたら、やっと見つけました。
小さな蜂を捕らえています。
(2)
2009 10 26
5日目に、やっと蜂を咥えているのを見つけました。
よかったと言っていいのか、ご愁傷様といっていいのか・・・・。
(3)
一日に一匹くらいは獲るらしいのですが、どうだったのでしょうか?
久しぶりの ランチ だったのかな?
(4)
2009 10 26
美味しそうに、バリバリと食べていました。
カマキリの最期の写真は、昨日の朝の写真です。
(5)
2009 10 27
10月28日には、まだ藤袴の上に居たので、写真を撮ったカマキリ夫人。
夕方見たら居なくなっています。
とうとう、どこかへ行ってしまったようです。
毎日写真を撮るので、うるさかったのでしょうか。
これで、今年の カマキリ は終わりにします。 バイバイ
序ですので、カマキリを撮っていて、一緒に撮った写真を少し。
(6)
アサギマダラ 2009 10 28
度々ですが、今日のアサギマダラ。
今日は、たった1頭しか来ませんでした。
(7)
今年は、これが最期の一匹かも知れません。
よく来てくれました。最期の記念に パチリ !
アサギマダラを撮る時は、しゃがんで近づいているので、足が痛くなります。
2~3分すると我慢できなくなり、立ち上がります。
ものすごい、老化を感じています。
おかげで十日間、いいリハビリになりました。
アサギマダラ君 ありがとう
次は ムラサキシジミ だろうか?
とても、小さい地味な色の蝶です。
羽の後ろに突起があるので、ムラサキツバメのようです。
(8)
ムラサキツバメ 2009 10 27
羽を開いた所が撮れなかったのが残念なのですが、どうやら ムラサキツバメ
だと思います。
次は アカタテハ。
(9)
アカタテハ 2009 10 28
とても綺麗な朱色。
鮮やかな個体が撮れるぞと思ったのに残念。
いい向きで撮ろうと少し動いただけで、逃げられてしまいました。
続いて ヒメアカタテハ。
(10)
ヒメアカタテハ 2008 10 28
では最期に、もう一枚。
今日夕方、散歩していましたら畑にいた農家のご夫妻が、畑の端にたわわに
成っている柿を捥いでくれ、
「持ってかえりんさい」と、渡してくれました。
(11)
2009 10 28
ポケットにカメラを仕舞ひ柿貰ふ 照れまん
ありがとう御座いました。
・・・・・、ということで、今日はこれで終わりにします。
照れまん君の俳句歳時記 「蟷螂」 蟷螂の羽は滅多に使はざり 照れまん
( とうろうの はねは めったに つかわざり )
(1)
小学生の頃、痩せた子供には、なぜか カマキリ と言うあだ名が付いていた。
どこかのクラスの中に、大抵一人くらいは カマキリ と呼ばれる子がいた。
何を隠そう、それは私なんですけどね。
私の田舎では、どの家にも屋号みたいなものがあって、それを面白がって
あだ名にしていたり、おじいちゃんを廻りの人が「〇〇ちゃん」とか呼んでいる
ので、面白がっておじいちゃんの名前で呼んでいたり、子供の頃は色んな
あだ名を付けていました。
今の子供達はどうなんでしょうか?
さてさて、今回は カマキリ。
(2)
2008 06 27
「蟷螂の斧」 と言うのはよく聞きます。
何となく意味は解っていても、詳しくは知りません。そこで、まづ蟷螂のことを
調べてみました。
中国古代、漢の初期の頃の韓嬰(かんえい)の書いた「韓詩外伝」より、ほん
の一部を抜粋して原文を書いてみます。
「・・・・・。對曰、此所謂螳螂者也。・・・・・・。」
訳 答えて曰く、これはいわゆるところ 螳螂なるものでございます。
「螳螂」 と、紀元前すでに呼ばれ、書かれていたようです。
螳 正しくは虫偏に堂と書く。 螳一文字で 螳蜋・カマキリ のこと。
それが、二文字、螳蜋 と書く。
螳に蟷の字が当てられ 蜋に螂の字が当てられ、蟷螂に。
今では、殆ど 蟷螂の文字が使われています。
「蟷螂の斧」とは、自分の弱さをかえりみず、強敵に挑むこと。はかない抵抗
の例えと書いてある。
斉の荘公が馬車で狩に出たとき、馬車の車輪に向かって斧を振り上げている
虫に気づき、「この虫は何か?」と聞いた。
そのときの御者の答が、先ほど書いた漢文です。まだ続きがあります。
「この虫は前に進むことはあっても、引くことを知りません。自分の力を考え
ないで、敵を軽んじます。」と御者は答えます。
それを聞いた荘公は静に微笑み、
これが人だったら、天下に轟く勇者なるだろう。カマキリの為に道を開けよ!」
と、馬車を避けて行かせた、という故事。
(3)
金糸梅と子カマキリ 2009 05 29
昆虫綱・カマキリ目・カマキリ科 オオカマキリ や チョウセンカマキリ
など多数。
オオカマキリ Tenodera aridifollia Stoll. 1813
カマキリ は学者さんによって幾つかの違う分類方法があるらしく、とても
難しいので、一番簡単なものを書きました。
世界中では2000種前後が確認されているよう。一説に寄れば4000種
ともいわれ、種類が多くはっきりとは解らないようです。
日本には、カマキリ科 と ヒメカマキリ科 の 2科9種 が生息とか。
但し、沖縄など南の島々には、それ以外数種類が生息しているそうです。
日本に生息しているカマキリは、意外と少ないのですね。
カマキリ の語源は 前足が鎌のように棘があり、この鎌で切るような動作
をするところから、鎌切 から カマキリ になったようだ。
この説は、見たまんまですよね。
(4)
2008 8 14
さて、いよいよ俳句です。
俳句歳時記では 「蟷螂」 は 秋の季語。
傍題に、「たうらう」・「とうろう」・「斧虫」・「いぼむしり」・「いぼじり」・
「拝み太郎」・「かまきっちょ」・「子かまきり」・「祈り虫」 などがあります。
俳句を見てみます。
蟷螂が片手かけたり釣鐘に 小林一茶
次は、明治以後の俳句。
かまきりのゆるぎいでしがものをはむ 吉岡禅寺洞
(5)
2008 11 13
もう少し、俳句を見てみます。
蟷螂や二つ向きあふ石の上 正岡 子規
蟷螂の斧向けたるはわれなるや 刈谷次郎丸
次郎丸氏の俳句は、よく解ります。
カマキリはカメラを近づけると、こちらをじ~と見ていて、身構えます。
ゆさゆさと風に身を漕ぐ蟷螂かな 野村喜舟
(6)
梔子とカマキリ 2009 06 24
枯色が眼よりはじまるいぼむしり 後藤夜半
蟷螂のたゝみのこせる羽子うすく 河野静雲
息詰めて見る蟷螂の食ふものを 右城暮石
暮石氏の句。カマキリが虫を捕まえて、バリバリと食べているのでしょう。
それを、呆気にとられて見ているのです。
蟷螂の虫の羽まで食みてをり 照れまん
次は、虫を捕まえて食べている写真。
(7)
2008 11 06
カマキリが何か大きな昆虫を食べています。左手に羽、右手に虫の腹を抱えて
います。
かりかりと蟷螂蜂の貌を食む 山口誓子
( かりかりと とうろう はちの かおをはむ )
山口誓子氏の句は、歳時記によって表記が違っています。
「かりかりと~」 が 「かり/\と~ 」の繰り返し文字で書かれているもの。
そして、「貌」の字が 「白に点々」が下にある文字で書かれているもの。
どちらが正しいのかは解りませんが、私のパソコンでは、表示出来ない文字
なので、表示出来る方の文字を書きました。
カマキリの斧は手ではなくて、前脚です。前脚で摑んでいます。
その他の脚は、中脚と後脚の、計6本の脚。
螳蜋の斧は手であり脚であり 照れまん カマキリ にはもう一つ、「蟷螂生る」(とうろううまる)と言う 「夏の季語」
があります。
傍題に 「子蟷螂」・「蟷螂の子」があります。
一陣の風に乗り来ぬ子かまきり 中野三允
(8)
桜の木 と カマキリの卵だろうか? 2008 04 01
「蟷螂生る」の 夏の季語の例句を。もう少し載せてみます。
蟷螂の斧をねぶりぬ生れてすぐ 山口誓子
(とうろうの おのをねぶりぬ あれてすぐ)
蟷螂や生まれてすぐにちりぢりに 軽部烏頭子
(とうろうや うまれてすぐに ちりぢりに かるべうとうし )
カマキリ はとっても フジバカマ の花が好き!
藤袴には色んな昆虫が寄って来るので、じーと待っているようです。
(7)は去年、(9)は今年の写真。
(9)
藤袴 と カマキリ 2009 10 22
三日前に アサギマダラ を撮っていて見つけました。三日たっても、まだ
同じ所にいます。3日目に撮った写真。
藤袴はとっても居心地がいいようです。
去年は虫を捕まえているのをカメラに撮りましたが、今年はまだ虫を捕まえて
いるのを見ていません。獲物を獲るのが下手なのでしょうか。少し痩せてきて
いるような感じ。アサギマダラ だけは絶対に取らないようです。
毒蝶というのを知っているのでしょう。
もう二句ほど、秋の季語、カマキリの現代俳句を・・・。
蟷螂のみどり紛れぬ動きかな 稲畑汀子
枯色も攻めの迷彩枯蟷螂 的野 雄
枯蟷螂 の句が出てきましたが、「蟷螂枯る」という、「冬の季語」があります。
傍題に 「枯蟷螂」 があります。ですから、枯蟷螂は冬の俳句。
冬にじっとして、死んでいるような茶色のカマキリ。
もう一句だけ、冬の俳句を載せてみます。
蟷螂の眼の中までも枯れ尽す 山口誓子
では、最期に、写真を一枚。
洗濯物をベランダに干していたら、バスタオルの上に乗っていたので、
パチリ!
(10)
2008 11 13
スタジオで撮ったような雰囲気! カマキリがモデルさんみたい??
一眼レフで撮ったみたいですね。コンパクトでうまく撮れました。
待つことも人生なるやいぼむしり 照れまん
今回は 夏の季語 「蟷螂生る」 と 秋の季語 「蟷螂」 と
冬の季語 「枯蟷螂」 を載せてみました。
照れまん君の 今日の アサギマダラ その3 2009年10月22日
しつこいようですが、またしても、今日の アサギマダラ です。
え~、また! とお思いでしょうが、他に芸が無いもんで。
今日は、思いっきり近づいて 撮ってみました。
(1)
2009 10 22
上の写真と同時刻に撮った次の写真。
光の角度がちょっと違うだけで、鱗粉のような白いものが羽に見えます。
(2)
下 少し近づきすぎ・・・・。ピントがボケてます。
(3)
胴体に黒いマダラ模様があり、羽に薄い透明な浅黄色の模様があることから
浅黄斑(浅葱斑)・アサギマダラ。
いい名前ですね!
(4)
最期は私のカメラ パナ君の最接、5cm で撮ってみました。
トリミングして、胴体を馬鹿でかくしてみようかと思いましたが、止めます。
撮ったままにしました。
毎日毎日性懲りもなく、アサギマダラを載せてしまいました。
しつこく載せましたので、浅黄ちゃんは 今日で打ち止めにします。
お詫びの印に、最期にもう一枚。
今日、我が家の猫の額のような畑で採れました野菜を一枚。
(5)
2009 10 22
ごめんなさい。今日で、浅黄ちゃんは ナス にします。 ゴ~~ヤ~~!
もしもし! し~~ん
ということで、今日はこれで失礼致します。
照れまん君の 今日の アサギマダラ その2 2009年10月21日
昨日に続きまして、またしても、今日の、アサギマダラ!です。
(1)
2009 10 21
今日撮った、とれとれの アサギマダラ です。
朝から、三頭ほど庭に来てくれました。
羽を閉じて止まりますが、時たま瞬間パッと開いてくれます。
その時、パチリと撮るのですが、カメラの反応が遅いので、また閉じた頃に
パチリとシャッターが下ります。そこで、今度は先にピントを合わせておいて、
パチリと撮るのですが、どういうわけかピンボケになってしまいます。
そうしながら、辛うじて撮れたものを数枚載せてみます。
(2)
上の写真は、珍しく竹の葉に止まったところ。
下の写真は、ヒドイ逆光です。
(3)
しゃがんで撮るのがしんどいので、庭石に寝そべって ぱちぱち 撮って
ました。
(4)
アサギマダラの 浅黄の部分は羽が薄いので、向こうがほんのり透けて
見えます。
(5)
今まで撮った写真は、ほとんどがオスばかりでした。
次の個体 (下の写真) は、どうやらメスのような気がします。
(6)
メス?だろうか
アサギマダラを撮っていたら、セセリチョウがやってきましたので、こちらも
ついでに、パチリ!
(7)
昨年、アサギマダラ の記事を書きました。
そこに、オス と メス の見分け方などを書きました。
もし、記事をお読みになりたい方がおられましたら、
こちら → 「アサギマダラ」 を御覧下さい。
(8)
藤袴には、本当に アサギマダラ がやってきます。
今まで見たことのなかった蝶だったのに、昨年 藤袴 を植えたと思ったら、
やって来てくれ、そして、今年もまた来てくれました。
本当に藤袴が好きなのですね。
では、最期の一枚。
(9)
行く先は遥か彼方や秋の蝶 照れまん
今回も変わり映えしませんが、今日は今日の アサギマダラちゃん を
載せてみました。
照れまん君の きょうの アサギマダラ 今日の 「アサギマダラ」
(1)
2009 10 20
10月11日の初飛来より、やっと二度目の飛来。
今年はもう来てくれないかと思っていたのに、3頭がヒラヒラ飛んでいた。
写真を撮ろうと近づくと、どういうわけか飛び上がってしまい、うまく撮れな
かった。
羽を開いた所も撮りたかったのですが、駄目でした。
数枚撮ったうち、2枚だけパソコンに取り込んだ、その中の一枚。
もう一つ、「藤袴」 に 「ヒメアカタテハ」 も来ていましたのでこちらも撮り
ました。
ヒメアカタテハ
(2)
2009 10 20
こちらは、たぶん ヒメアカタテハ だろうと思います。
アサギマダラ がうまく撮れなかったので、こちらを撮っていた。
(3)
2009 10 20
最期に ヒメアカタテハ の羽を開いた写真。
今日の写真はどれもトリミングせずに、載せることが出来ました。
(4)
2009 10 20
今日は、昼頃撮ったばかりの蝶の写真を載せてみました。
照れまん君の 身の回りのニュース「カバマダラ」 最近の身の回りのニュースと写真
昨日の中国新聞に、周防大島のニュースが載っていました。
蜜柑農家の山本さんちに、珍しい カバマダラ が飛来しているという記事
と写真。
それを、写真に撮ってみましたので、ここに載せてみます。
(1)
中国新聞 2009、10、14 記事
10月初め頃、山本さんから、アサギマダラと珍しいカバマダラが来ています。
そちらにも現れますよと TELあり。
山本さんは昨年、我が家に、アサギマダラガ来るようにと、フジバカを植えて
下さいました。おかげで昨年は アサギマダラ がよく来てくれました。
今年も10月11日にアサギマダラが一頭だけ初飛来したのですが、まだ花が
少なく、蕾が多かったせいでしょうか、どこかに行ってしまい、それからは現れ
ません。
わずかに撮った写真を載せてみます。
(2)
2009 10 11
これが、今年撮った、なけなしの一枚です。
庭を見ていたら、すごいものを発見しました。
ゲゲーーェ!です。
なんじゃこれは、という感じです。写真を載せてみます。
(3)
2009 10 13
私を含め、家族が誰も気が付かないというのが、すごいですよね。
庭の杏子・アンズの木に 蔓が巻き付いて登り、其処に実が成っています。
少し離れてみると、こんな感じです。
(4)
葉っぱは南瓜みたいに大きく、実の縦の長さは 20cm位 はあります。
近寄ると、実の表面に産毛が生えています。
(5)
瓜に違いないのですが、何なのでしょうか?
母がいなくなったので、何を植えていたのか、捨てた種から勝手に生えたのか
まったく解りません。
どなたか、お解かりになりますでしょうか?
この瓜は どうやら 「冬瓜」 のようです。
熟れてくると、もう少し色が薄くなるそうです。また写真を撮って載せてみます。
今回は折角ですから、蝶の写真を2枚。
まず、フジバカマに止まっているヤマトシジミ。
(6)
藤袴の蕾とヤマトシジミ 2009 10 06
最期に 目の前の道路に下りて止まってくれた、ウラギンシジミ。
(7)
ウラギンシジミ 2009 10 13
散歩に出たところ、偶然目の前の農道の白線の上に降りて来ました。
羽を広げて じっとしてくれていましたので、パチパチと撮りました。
いつも記事が長くてうるさいので、今回は簡単に・・・。
私の身の回りの事をちょっとだけ載せてみました。
照れまん君の追伸 「唐辛子」 前回、唐辛子を載せましたが、その追伸です。
前回の写真の (1) (2) (7) (10) (追加その3)、の唐辛子の品種名が
解りました。
今朝、また写真を撮りに裏の畑に行ッたところころ、丁度農家の人がいました
ので、唐辛子の品種名を聞きましたところ、唐辛子の中の 「鷹の爪」 と教えて
下さいました。
それで、もう一度、写真も撮りましたので載せてみます。
鷹の爪
(1)
2009 10 12
昨年植えていたものも、「鷹の爪」 でした。
農家の人に、この鷹の爪はどうするのかと聞いたところ、これは干したあと
ミキサーで細かくして、自家製一味唐辛子を作るんよ、と言っていた。
上・下 の写真は 新しく撮ったものですが、代わり映えしませんね。
(2)
2009 10 11
万願寺唐辛子
昨年、別の畑で撮った万願寺唐辛子の畑の奥さんが、今年も成っているので
写真を撮りに来んさい、というので、行ってきました。
それで、万願寺唐辛子の写真も、もう一度載せてみます。
(3)
2009 10 11
万願寺唐辛子は大きくて、大体10~15cm。長いものは 20cmくらいあり
ます。
ウィキペディア によりますと、京の春野菜 と書かれていますが、別のサイト
では、旬は6~8月と書かれています。
この辺りでは、8月~9月頃に成っているようです。歳時記の唐辛子の季語と
ピッタリ 一緒です。
農家のお母さんは、自分のうちで食べるだけを作っているそうですが、よく成る
ので、食べきれないそうです。青いものを食べて、赤いものは食べたことが
無いそうです。赤くなったものは捨てているそうですが、勿体無いですね。
(4)
2009 10 11
私が写真を撮り終えて帰ろうとしたら、お母さんが「持って帰りんさい」と、両手に
持ちきれないほど、万願寺唐辛子を捥いでくれました。
それで、家に持って帰り、夕方写真に撮っていました。
(5)
小さく見えますが、大きいのです。
縁側で写真を撮っていたら、モドキジュニアがやって来ました。
「これは何や、食べ物ちやうんか・・・・???」ってな感じです。
(6)
上へ上がってきて、匂いを嗅いだりしています。
「赤いのは食べられるんか?」 ってな感じ!
(6)
やがて寝そべって、唐辛子にちょっかいを出して、遊んでいます。
(7)
頂いた万願寺唐辛子は、早速晩御飯に、まるっぽのまま焼いて食卓に上がり
ました。
ピーマンのような青臭さがなく、柔くてとても美味しいですね。
「唐辛子の王様」と言われるはずです。
食卓に上がった万願寺唐辛子の写真を撮ればよかったのですが、食い意地
が張っているので、コロッと忘れていました。
では、最期に、唐辛子を使った活け花の写真を・・・・。
(8)
2009 09 05
今回は、唐辛子の品種が解りましたので、その「鷹の爪」と「万願寺唐辛子」
を追伸として、載せてみました。
照れまん君の俳句歳時記 「唐辛子・ピーマン」 唐辛子とんがり屋根の一軒家 照れまん
(1)
鷹の爪 2008 12 01
俳句では、唐辛子の季節は何時だった? 唐辛子の花ってあった? と聞か
れると、「え~~と!」と、ちょっと考えてしまう。
俳句愛好者として、実に不甲斐ないが、いい加減さがバレてしまう。
歳時記を読んではいても、意外と頭に入っていない。
そこで、俳句歳時記を出して読んでみると 「唐辛子の花」 は 「夏」 で
「唐辛子」 は 「秋」 だった。
季語を読んでいると、唐辛子の中に 「鷹の爪」や「ピーマン」がある。
鷹の爪は何となく解るのだが、ピーマンやパプリカは別の野菜じゃないの?
と、気になってしまった。
そこで、先ずはそれを調べてみることに・・・。
(2)
2009 09 13
唐辛子
被子植物門・双子葉植物綱・ナス目・ナス科・トウガラシ属 トウガラシ
学名 : Capsicum annuumL
Capsicum は唐辛子の形状、ラテン語の capsa (袋)が語源
英名 : chile pepper , sweet pepper
和名 : トウガラシ 唐辛子
原産 : メキシコ、 アンデス地方 や ブラジル・アマゾン河流域とも
多年草 ですが、日本のような温帯では、一年草
トウガラシは世界中に 2000~3000種類はあるそうです。
鷹の爪 とは、唐辛子の小ぶりの細くて尖った辛味の強い品種だそうです。
形が鷹の爪に似ているので、この名前が付いたようです。
(3)
近所の畑のピーマン 2009 09 14
ピーマン
ナス目・ナス科・トウガラシ属・ トウガラシ 栽培品種 ピーマン
どうやら、ピーマンというのは、トウガラシの中の一つの栽培品種のようです。
シシトウ・獅子唐辛子 も 一つの品種のようです。
学名 : Capsicium annuum L,` grossum`
英名 : bell pepper
(4)
黄色のピーマン
ピーマンは 何で ピーマンって 言うの?
ピーマンの呼び方は フランス語のトウガラシを指す piment (発音はピメン
か ピーマンの間くらい) であるとするものと、
スペイン語のトウガラシを指す pimento (ピメント) が訛ったものではない
かという、二つの説があるようです。
ちなみに、フランス語ではピーマンは poivrons だそうです。
唐辛子の唐とは、中国の唐から来たからというよりは、外国から来たという
意味のようです。
唐辛子はコロンブスがアメリカを発見した後、スペインに持ち帰ったそうです。
そして、日本に、1542年ポルトガル人宣教師が持ち込んだのが最初と
言われています。
シシトウは江戸時代に栽培されていたようですが、ピーマンは明治初頭に
渡来 したのではないかと考えられているそうです。現在のように生野菜として、
サラダ などで食べられるようになったのは、戦後のことのようです。
(5)
赤ピーマン
さてさて、いよいよ唐辛子の俳句ですが、唐辛子には花が咲きます。
白い小さな花。
「唐辛子の花」 は、「夏の季語」。
傍題に、「蕃椒の花」(とうがらしのはな) があります。
季語は載っていても、私の「日本大歳時記」には、残念なことに、、例句が一句
も載っていません。
(6)
草丈は30cm~50cmしかない 唐辛子の花 2009 09 16
唐辛子の花 の句はありませんが、夏の季語に もう一つ「青唐辛子」があり
ます。
傍題に 「青蕃椒」・「葉唐辛」(はとうがらし)があります。
こちらには、例句がありますので、三句ほど紹介してみます。
青くても有るべきものを唐辛子 芭蕉
青々とまびき束ねぬ唐がらし 西島麦南
つれなさの切なさの青唐辛子 三橋鷹女
歳時記には、夏の季語で、「葉唐辛」(はとうがらし) というのもあります。
秋の季語にも 「葉唐辛子」があります。
歳時記に、同じものが一字違いで二つ載っているのですが、どちらも同じ例句
が載っていますので、晩夏から秋にかけてということで、同じもののようです。
(7)
2009 09 07
さて、いよいよ 「唐辛子」 です。
「唐辛子」 は 「秋の季語」 。
言い換え、傍題が幾つかありますので、それらを書いて見ます。
「唐辛」(とうがらし)・「蕃椒」(とうがらし)・「南蛮」・「南蛮胡椒」・「高麗胡椒」
「天井守」(てんじょうもり)・「さがり」・「天竺まもり」・「鷹の爪」・「ピーマン」
などがあります 「蕃椒」(とうがらし) は難しい漢字ですね。
生薬名を 蕃椒(ばんしょう) と言うそうです。
蕃椒 の薬効は、滋養強壮・食欲不振・消化不良・神経痛、その他・・・。
歳時記には、沢山の例句が載っていますので、その一部を紹介します。
すりこ木も紅葉しにけり蕃椒 宗因
(すりこぎも もみじ しにけり とうがらし )
かくさぬぞ宿は菜汁に唐がらし 芭蕉
美しや野分のあとの唐辛子 蕪村
江戸時代から、すでに沢山の俳句が読まれています。
続いて、明治以後の句を載せてみます。
はらわたもなくて淋しや蕃椒 正岡子規
唐がらし熟れにぞ熟れし畠かな 飯田蛇笏
人の手にわたりて赤き唐辛子 松村蒼石
唐辛子俳句は危険思想かも 照れまん
(8)
2009 09 16
炎ゆる間がいのち女と唐辛子 三橋鷹女
(もゆるまが いのち おんなと とうがらし)
鷹女氏の句は、本当に面白いですね。
唐辛子の赤は燃え上がるような光沢のある美しい赤。
こんな真っ赤に燃えるような恋を、してみたいものです。
「鷹の爪」・「ピーマン」 も 唐辛子の中に含まれますので、それらの句も載せ
てみます。
きび/\と爪折曲げむ鷹の爪 村上鬼城
(きびきびと つめ おりまげん たかのつめ )
干しあげて漆びかりや唐辛子 浅井啼魚
(ほしあげて うるしびかりや とうがらし)
枯れきつて真の紅湧く唐辛子 加藤知世子
ピーマンの韓紅やおそるべし 相生垣瓜人
ピーマンの肉を詰められ焼かれをり 照れまん
(9)
2009 09 28
ひととびに寒さ来る地ぞ唐辛子 村越化石
唐辛子の俳句で、最も有名な句は、次の句ではないかと思います。
今日も干す昨日の色の唐辛子 林 翔
(きょうもほす きのうのいろの とうがらし)
唐辛子は干されても、すぐに枯れたように茶色に変色する訳ではありません。
徐々にゆっくりと、枯れてゆき、赤い色は保ったままです。一日くらいたったの
では、殆ど変化は見られません。
ゆっくりとした時間の流れ、田舎の農家の営みが詠まれています。
この句は、唐辛子の中の名句だと思います。
私は うどん に、ほんのちょっと一掛け 七味唐辛子 をかけるくらい。
どうも、辛いのが苦手なのです。キムチもほんの少ししか食べません。
カレーの激辛なんて絶対駄目。普段は甘口ですが、どうしても甘口が無い
場合、中辛なら何とか食べられます。
ということで、最期の写真を・・・・。
(10)
2009 09 07
転んだらピーマン赤くなっていた 照れまん
もしもし、あなたがコケて、赤くなったんじゃあないですか?
はい、その通り。
よその畑の中にピーマンが見えたので、写真を撮ろうと中に入って行ったら
畝と畝の間に、細い7~8ミリのプラスチックの柵を作る3mくらいの棒が沢山
置いてあったのです。その上を踏んで行こうと足を乗せたらツルッ と棒が
すべって スッ転コロリ! かなりヒドイコケ方でした。
腰と腕を打ちましたが、下が耕してある畑だったので、何ともありませんでした。
「死んでもカメラは離しませんでした!」状態。
痛ーっ!ってな感じで、頭がピーマンになっちゃいました。
ちょっと悔しいので、その時撮った写真を一枚追加します。
追加 1
葉っぱを持つ私の左手の指がちょこっと 2009 09 14
こけたまま 撮ったわけでは御座いませんです。
ついでなので、もう一枚 唐辛子の中でも辛くない、甘唐辛子の万願寺 を
載せてみます。
「万願寺とうがらし」 Mangannji Chili peppers は 春の京野菜。
辛味がなく、甘くて美味しく栄養豊富なので、「唐辛子の王様」と呼ばれている
そうです。
大正末に 「伏見とうがらし」 と外国系の大型とうがらしの 「カりフォルにア・
ワンダー」の交雑種ではないかと考えられているそうです。京都府舞鶴市の
万願寺地区で作られたので、この名前が付いたそうです。
地元では、「万願寺甘唐」と呼ばれているそうです。
唐辛子に比べると、3倍くらいの大きさがあります。
下の写真は シシトウ・獅子唐辛子 だと思って、最初は記事を書きました。
しかし、今日 偶然農家の人に会ったので聞いてみたところ、あれは
「万願寺とうがらし」と教えてもらいましたので、訂正します。
追加 2、 万願寺とうがらし
シシトウ ではなく 万願寺とうがらし でした 2008 12 10
唐辛子の辛味は カプサイシン という成分。
唐辛子の辛味 を量る単位が スコヴィル値 。
アメリカの学者さん Scoville さん が考案したものだそうです。
昔は人の舌で調べていたそうですが、今は科学的に調べているそうです。
スコヴィル値 ピーマン・シシトウ 0。
パプリカ 500~2500。
タバスコ・ハバネロソース 7000~8000.
三鷹唐辛子 3万~5万。
世界一辛い唐辛子は 100万1314。
こんな辛いものを常痔照れまん君が食べると、痔が出てしまいそう。
ちなみに、純粋カプサイシンは 1600万スコヴィルだそうです。
というようなことで、ぼつぼつ最期の写真に致します。
これでもかと もう一枚写真を載せ、最期にします。
(1)枚目の写真とまったく同じ日に撮ったもので代わり映えしないので
すが、こちらの方が空が多いので、青空と赤い唐辛子の対比ということ
で、・・・・。 これで打ち止めにします。
追加 3、
2008 12 01
私は辛い(からい)のは苦手ですが、辛い(つらい)のも嫌いです。
ということで、今回は近所の畑に成っている夏の季語、「唐辛子の花」。
そして、秋の季語 「唐辛子」 と その中に含まれる 「ピーマン」 を載せて
みました。
猿山の政権交代唐辛子 照れまん
照れまん君の俳句歳時記 「山梨」 山梨の花山梨のもの見たし 照れまん
(1)
2009 04 09
山口県の県庁所在地は、山口市。 だから、山口県。
山梨県の県庁所在地は、甲府市・・・・ なのに、山梨県!
何で???
山口市が県庁所在地だから、山口県は解りやすいけど、
松山市が県庁所在地なのに、愛媛県 。
松江市が県庁所在地で 島根県 ・・・、、どうして、? おかしくない???
さ~~~ぁ、明治初めの 廃藩置県 の時に、誰かお偉いさんが決めたんじゃ
ないの? 県名と県庁所在地を・・・。
誰が決めたのでしょうかね?まったく知りませんけど、何か基準のようなものが
あったのでしょうか?
山口県に住んでいながら、誰が山口県と決めたのか、知りません???
ごめんなさい!
ということで、今回は山梨県には行ったことがないけど、山梨です。
山梨市に、古い山梨の原木があり、これが山梨の語源とか。
山梨の語源を調べていたら、「サンリオ」 の語源は?というのが出てきた。
サンリオは「キティちゃん」なんかで有名なキャラクターグッズの会社ですよね。
何で、サンリオ???
サンリオ の会社の社長さんが、山梨県出身。それで、山梨の王になるぞと
いう志から、「山梨王」 サン・リ・オウ から サンリオ にしたとか。
うっそー、ホント!
うそ?か ほんと?か、 答えは最期に書きま~す。
(2)
中央の白い花が ヤマナシ 2008 04 15
上の写真に咲いている白い花が何なのか?近くの畑の人に聞いてみましたが、
誰も知りません。
昔から咲いているので、気にも止めたことが無いようです。
色々聞いて行くうちに、やっと古い時代の梨だということが解りました。
昔梨 という風に呼ぶ人も居て、小さくて不味くて食べられないと言ってました。
どうやら、古い梨の木の花らしい。
そこで調べてみたら、あったー。ヤマナシ!
(3)
2008 04 15
山梨・ヤマナシ の歴史は非常に古いらしい。
弥生時代の登呂遺跡などから、食用にされていたと思われる山梨の種が発見
されているそうだ。ところが、不思議なことに、それ以前の遺跡からは発見され
ていないので、弥生時代に中国から渡来したのではないかと考えられている
そうです。
山の中に生えているというより、比較的人家に近いところに生えている為、人の
手によって、植えられたのではないかと考えられるそうです。
日本で一番古い文献は「日本書紀」(693年)に、梨 の記述があるそうです。
持統天皇が五穀の他に 「梨・栗」 など、五つの植物の栽培を奨励している
そうです。
「万葉集」にも 三首 載っているようです。
そこで、一首だけ、載せてみます。原文も載せてみますが読めますでしょうか?
原文 黄葉之丹穂者繁然鞆妻梨木乎手折可佐寒
読み 黄葉(もみじば)のにほひは繁(しげ)し しかれども 妻梨の木を
手(た)折(を)りかざさむ
意味 葉っぱはきれいに黄葉(もみじ)になって繁っているのに、私は妻が
居ないので、梨の木を折って、頭に飾ってみよう・・・。
これって、私の歌?? ごめん、私も連れ合いが居なくて・・・。体中に梨の木を
付けて飾っているのに、誰も見向もしてくれません。
それって、ただの変わりもんジャン!
(4)
2008 04 15
「新撰字鏡」(898~901年)には、和名 奈志乃木 とあり、
「本草和名」(918年)には、梨子 和名 奈之(ナシ)と書かれているそうです。
梨 の語源については、はっきりとは解らないそうですが、いくつかの説がある
ようなので書いてみます。
説 1、 妻梨 と万葉集にありましたが、妻とは端・縁(へり)・尻のことで、ここでは
お尻がへこんでなくなっているので、つまなし → から ナシ になった。
説 2、 江戸時代 新井白石が 中心部分ほど酸味が強いことから 中酸(なす)
から ナス → ナシ になった。
説 3、 果肉が白いから 「中白」(なかしろ)或いは「色なし」から ナシになった。
説 4、 風があると実らないことから、「風なし」 から ナシ になった。
その他にも、「甘し」→ナシ。 「性白実」(ねしろみ)→ ナシ・・・・・、などなど。
結論としては、なぜナシと呼ばれるようになったかは、不明なようです。
(5)
ヤマナシ・山梨 の花は 白色五弁。雄しべは約20本。
薄緑の葉が出てきた頃に、純白の花が咲くので、とても綺麗です。
中国では、梨 は「百果の長」と呼ばれ、古くから珍重されてきたそうです。
魏の国の文帝が,「甘きこと蜜の如く、脆きこと凌(こほり)の如し」と詔を遺して
いるそうです。
唐の時代、玄宗皇帝が禁苑中の梨園(りえん)の師弟三百人に、伎芸を習わ
せたので、後に歌舞伎などの演劇界のことを 梨園 と呼ぶようになった
というのは有名ですね。
さて、いよいよ俳句ですが、歳時記では、「山梨の花」は 晩春、春の季語。
俳句の例句が、たった2句しか載っていませんので、これを載せてみます。
山梨の花まづ白く峡夜明 福田蓼汀
(やまなしのはな まづしろく かいよあけ ふくだりょうてい )
福田蓼汀氏(1905~1988)は山口県萩市の出身。毛利藩の士族の家系。
父は陸軍中将。その長男として生まれる。東北帝大卒。
俳句は高浜虚子に師事。俳誌「山火」主宰。
山深い谷のような所。ヤマナシの花がまづ白く見えてきて、ぼんやりと夜が
明けてきたのです。
風に乗る山梨の花なつかしく 渡辺政子
(7)
2009 06 26
これが、山梨の実です。
5~8cmくらいの小振りです。
俳句では 「山梨」 と書けばヤマナシの実のことで、晩秋、「秋の季語」 に
なります。
俳句を載せて見ます。
山梨熟れ穂高雪渓眉の上 飯田蛇笏
少年唄ふ山梨手玉となすときに 林 昌華
(8)
2009 07 16
梨は大きく3種類に分かれるそうです。
日本梨・中国梨・西洋梨 の3種類。
その中で、日本梨は 青梨系と赤梨系の二つに分けられるそうです。
ヤマナシ・山梨が日本梨の基本原種ではないかと考えられるそうです。
山梨は食べてみましたが、甘さが無く酸っぱさがあり不味いです。
山梨が時代が下がるに随い、青梨系と赤梨系に分かれたのでしょうか。
それとも、古い時代に、中国から別のものが渡来していたのでしょうか。
そこの所は詳しく書かれたものはありませんでした。
(9)
2009 07 16
山梨の実のほどほどに杣ヶ池 梶浦 さだ
( やまなしの みのほどほどに そまがいけ )
(10)
2008 12 14
ヤマナシ
被子植物門・双子葉植物綱・バラ目・バラ科・ナシ亜科・ナシ属 ヤマナシ
学名 : Pyrus pyriforia var .pyriforia ニホンヤマナシ
学名が ニホンヤマナシ と 日本の普通に出回っている梨とは同じようです。
原産 : 中国西部、若しくは南西部の山地
中国から、ヨーロッパや日本に伝わったと考えられるそうです。
秋になると、梨が本当に美味しくなります。
青梨系の二十世紀が梨の定番でしたが、最近は赤梨系の甘くて美味しいもの
が沢山出てきました。
日本梨 の出荷で一番多い物から、順番に・・・。
1位 幸水、 2位 豊水、 3位 二十世紀 の順だそうです。
県別では、1位 千葉県、 2位 茨城県、 3位 鳥取県 。
中国地方に住む人間としましては、鳥取が日本一だと思っていたのに、意外
と関東地方が産地なのですね。
江戸時代に、すでに150種を越える梨の品種があったそうです。
今回は、普通の梨のことも書きたいのですが、ヤマナシ・山梨 ということで、
あえて梨のことは 無し とします。梨は、俳句歳時記にも、かなりのページ
が書かれ、俳句の例句も沢山載っていますので、また別の機会に、「梨」 の
果実園芸種のことは載せてみたいと思います。
では最期にもう一度、山梨の花を・・・・。
(11)
2009 04 09
山梨や村の大仏小ぶりなり 照れまん
今回は 日本の梨の原種と思われている、山梨 を載せてみました。
日本各地に、樹齢数百年という山梨の原木があるそうです。
俳句歳時記では、山梨の実は 秋の季語 になっていますが、私の村の山梨は
8月頃に行って見ると、殆ど実は落ちていて、ほんの僅かしか、木の上に残って
いません。
この地方は、時折強い風が吹くので、それで落ちるのでしょうか。それとも温暖化
で、早く実が成ってしまうので落ちるのでしょうか。
とにかく7月に行った時には沢山の実があって写真に撮れたのに、8月は高い所
に少し残っているだけで、殆ど写真は撮れませんでした。
と言うことで、今回は 春の季語 「山梨の花」 と 秋の季語 「山梨の実」
を載せてみました。
忘れてましたけど、サンリオの社名の語源の件。
株式会社サンリオ の公式サイトや、2000年出版の『これがサンリオの秘密
です』 によりますと、社名はスペイン語で「聖なる川」を意味する、San Rio に
由来するとしています。文明の発祥が大河のほとりにあったように、文化を興す
川となることを願ってつけた、ということのようです。
フジテレビの「トレビアの泉」でも、山梨王 からというのは ガセ として、ガセビア
の泉に沈んだそうです。
1960年山梨シルクセンターとして、創業。1973年に社名を「サンリオ」に変更。
その後週刊誌などのインタビューなどで、社長自信や関係者から 山梨王 から
社名を付けたと発言があったと、週刊誌側は主張しているそうです。
私個人の意見ですけど、スペイン語より 山梨王 の方が面白いと思うのですが、
・・・・・。
よく解りませんが、とりあえず・・・・・ ここでは ガセ ということにしておきます。
照れまん君の俳句歳時記 「露草」 露草の青空二つづつ持ちて 照れまん
(1)
2008 07 06
「
どう咲きゃいいのさ このわたし 夢はすぐしぼむ~ 」 もしもし?
2004年6月、バイオテクノロジーにより、世界で初めて 青い薔薇 が日本の
企業によって作り出された、と云うニュースが流れました。
その映像を見て、正直「それって青じゃないよね?」と思ってしまいました。
やや紫色を帯びたピンクっぽい、淡い青紫色のように見えました。
これは、花びらが 100%青色色素で出来た花なので 青 だそです。
学者さんが 青 だと言うのですから、青色でしょう。
それに比べると、ツユクサの青って誰が見ても青。正真正銘の青色です。
じゃあ、ツユクサの青色遺伝子を薔薇に植め込んだら青い薔薇が出来るん
じゃないの、なんて素人は簡単に思ってしまうのですが、そんな簡単な話で
はないようです。
(2)
2009 09 04
どんな花でも、色や形は様々に、本当に綺麗な花を咲かせます。
赤・青・黄・白・ピンク・朱 などなど・・・。
花はなぜその色に咲くのか、古くから研究されていましたが、なかなか解明
されなかったのようです。
1900年代の初め、ドイツ人科学者が 赤い薔薇 と 青いヤグルマギク の
花の色素 アントシアニン が同じであることから、花の色の違いは、細胞内
の水素イオンの濃度(pH)の違いによると云う、pH 説を唱えた。
実際にアントシアニンを酸性・中性・アルカリ性の溶液に溶かすと、赤色・紫色
青色になる。リトマス試験紙の変色と同じだそうです。
その後、長くこの pH 説 が信じられることになります。
しかし、その後まもなく1910年代、この説に異を唱えたのが、日本の植物生理
学者の柴田桂太氏。
十数年にわたり、露草のオオボウシバナ数百キロを集め研究し、純粋な
アントシアニンを取り出し、無色のフラボンも精製し、これらに様々な金属イオン
を結合させた。
これにより、柴田桂太氏は青色の花はアントシアニンの金属錯体によるものと
結論付け、これを発表したが、欧米の科学者からは、まったく見向きもされず、
無視されてしまったそうです。。
その後1950年代に、彼の弟子たちによって、露草の青色は、アントシアニン系
青色色素のコンメリニンがマグネシウムを含む金属錯体であることを発表しま
すが、これも反論され、無視されてしまったそうです。
柴田氏が唱えて80年後の1990年代になり、これも日本の科学者達により、
露草の青色色素の金属錯体には、アントシアニン、フラボン、マグネシウム
イオンが含まれることが実証される。
これにより、柴田氏の説が正しかったことが、証明されました。
今では、X線結晶構造解析により、コンメリニン分子全体の構造が明らかに
なっているそうです。
日本人が新しい学説を唱えても、東洋の果ての未開の国の人間が何を言ってる
のかってことでしょうか?当然のように無視。それを後に、日本人が解明して、
正しかったことを証明したのが、何とも嬉しいですね。
アジサイの花など、酸性かアルカリ性の土壌に植えると花の色が変わるらしい
のですが、アジサイの花の色の変化は、まだ解明されていないようです。
私の読んだサイトの論文が 1999年と書かれていますので、今はもう10年
以上経っていますので、現在は解明されているかも知れませんね。
(3)
2009 09 04
露草は古来より日本に自生していましたので、万葉集には 9首 詠まれて
いるそうです。
折角ですから、その中から 二首 載せてみます。
〇 月草爾衣曽染流君之為綵色衣将摺跡念而
読み人知らず
原文はとても難しいですね。それで、現代風に書き直したものを・・・。
読み 月草に衣ぞそむる君がため綵色衣すらむとおもひて
( つきくさにころも まだらのころも )
意味 あなたの為に、露草で染めてみました。まだらの衣にしたくて・・・。
〇 朝開夕者消流鴨頭草乃可消恋毛吾者為鴨
読み人知らず
読み : 朝咲き夕べは消ぬる鴨頭草の消ぬべき恋も吾はするかも
(あしたさき ゆうべはけぬるつきくさの)
意味 : 朝に咲いて夕べにはしぼんでしまう月草のように、はかなく消え
入りそうな恋かもしれない。そんな恋でも、わたしはするかも
知れませんよ。
一首目は 月草 と書かれていますが、二首目は 鴨頭草 と書かれて
います。これも、「つきくさ」と読むそうです。
鴨頭草 とは、マガモの頭の美しい羽が ツユクサの青い花びらに似ている
のでこう書いたようです。本当かな?と、ちょっと疑ってみたくなります。
ツユクサは別名がとても多いようです。たとえば近代の短歌。
梅雨さりぬ先ずはなだ草初夏の瞳を上げてよろこびを云ふ
与謝野晶子
この歌に、「はなだ草」と出てきます。「露草色」は「縹色」(はなだ色)とも言い
淡い藍色。露草で染めると淡い青色(はなだ色)になることから、はなだ草。
その他、「帽子草」 これは青い花びらが帽子のように見えることから。
「蛍草」 これは、蛍を籠に入れる時、中に入れる草なので 蛍草。
「月草」 これは、染める、いわゆる色が着く・付く 付草・ツキクサ から、
ちょっと洒落て、月の方が美しいので月草に変化したという説。それと、明け方
まだ月が残っている頃に咲きだすので、月草 になったと言う説もあるようです。
その他、「藍花」・「青花」・「移草」 などなど・・・・。
古い時代には、露草の青花が染色に使われていたようですが、色が落ち
やすく、のちには「藍染」などの優れた染色が登場し、露草は使われなくなった
ようです。しかし、逆に色が退色しやすいことから、後には染色の下書きとして
使われるようになったそうです。
(4)
2008 07 06
ツユクサ・露草
被子植物門・単子葉植物綱・ツユクサ目・ツユクサ科・ツユクサ属・ ツユクサ
学名 : Commeline communis
英名 : Asiatic dayflower
学名はリンネ氏による命名。17~19世紀オランダの一族に3人の
植物学者がいた。そのうち2人は有名になったが、一人は早世して
有名になれなかったそうです。それで、リンネ氏が露草の学名に、
二枚の花びらは青くて綺麗だが、3枚目の花びらは下に白く目立た
なく咲くことから、Commelin 家の名前を付けたそうです。
原産地 : 日本 東アジア 一年草
花びらは3枚。青い二つの花びらとその下側に白い小さな花びら。
露草の他の種類も載せてみます。
ムラサキツユクサ
(5)
2008 05 18
ツユクサ科・ムラサキツユクサ属 ムラサキツユクサ 紫露草
サトイモ目ツユクサ科ムラサキツユクサ属となっています。
なぜ、サトイモ目?なのかは解りませんが、ウイキペディアに書かれています。
学名 : Tradescantia ohiensis
原産 : 北アメリカ 多年草
もう一つ、別のツユクサを載せてみます。
トキワツユクサ
(6)
2008 05 22
ツユクサ科・ムラサキツユクサ属 トキワツユクサ 常盤露草
こちらも、サトイモ目ツユクサ科 と書かれています。
学名 : Tradescantia fluminensis
原産 : 南アメリカ
常緑多年草 一年中緑なので 常盤露草とか。
昭和初期、観賞用として輸入されたようです。元々は 、シロフハカタカラクサ
(白斑博多唐草)が野生化したものではないかと考えられているそうです。
いつの間にか、斑が落ちたようです。
それで、別名 博多唐草 ハカタカラクサ。
小さいですが、とても美しい華やいだ白い花です。
(7)
露草に逢ふよきことのありそうな 照れまん
(8)
2009 09 05
さて、いよいよ俳句です。
俳句歳時記では、「露草」 は 秋の季語。
傍題に 「 鴨跖草」(おうせきそう)・「月草」・「蛍草」・「青花」・「うつし花」・
「帽子花」・「かまつか」・「百夜草」 などがあります。
では、俳句を見てみましょう。
月草の色見えそめて雨寒し 加藤 暁台
( 暁台 1782年没)
露草を面影にして恋ふるかな 高浜虚子
露草の瑠璃をとばしぬ鎌試し 吉岡 禅寺洞
( るり かまだめし )
禅寺洞氏、(1889~1961年)。
もう少し、見てみましょう。
ことごとくつゆくさ咲きて狐雨 飯田蛇笏
( きつねあめ )
露草の露千万の瞳かな 富安風生
露草の露ひかりいづまことかな 石田波郷
女流俳人の句も・・・。
草むらや露草濡れて一ところ 杉田久女
現代の女流俳人の句。
老人とあそぶ子のゐて蛍草 片山由美子
片山氏は現在「NHK俳句」の選者をしておられます。
(9)
露草ほのとうなだれてあり海鳴る夕べ 種田山頭火
露草も露のちからの花ひらく 飯田龍太
露草に奪らる目終夜徹し来て 佐藤鬼房
(つゆくさに とらる め しゅうや てっしきて)
三句目の鬼房氏の句、仕事か何かで徹夜をしてしまったのですね。そんな朝
思わず露草の青い花を見つけると、見入ってしまったのです。その目は、充血
して赤くなっていたでしょうか?どうでしょう・・・・。
撮ってみました。毎年我が家の庭には沢山の露草が咲いてくれるの
ですが、今年はお盆前に剪定をして貰ったあと、草引きをしたせいでしょうか、
殆ど咲いてくれませんでした。それで、、今年の花の写真は近所の畑の石垣
に咲いていたものを、撮ってみました。
では、最期の写真。
(10)
2009 09 06
露草 は 「つきくさ」 着草・付草から月草になり 其処から露草に変化
したとする説。もう一つ、露の降りる頃に咲くので露草になったとする説。
どちらが正しいのかは解りませんが、色んな呼び方や書き方がありながら、
結局「露草」と呼ぶのが、一番よかったのでしょう。
それで、現在は 露草。
朝咲いて、午前中にはしぼんでしまう「露草」。その儚さが何とも言えず、詩心
をくすぐるようです。
露草の花言葉 : 「尊敬」・「小夜曲」・「なつかしい関係」・「わずかの楽しみ」
・ 「恋の心変わり」
では最期に、これでもかと、私の一句。
露草や双子複座のベビーカー 照れまん
隣の保育園に双子の赤ちゃんが来ています。今はようやく、よちよち歩きする
ようになっています。保育園では、写真(8)のようなお揃いの水色の帽子を
被って遊んでいます。
それから、最初に書きました青色色素に付きましては、掻い摘んで書いては
見ましたが、何分素人なものですから何度読んでもなかなか理解できません。
もし間違いがありましたら、お詫びし訂正させていただきます。
其処の所、ヨロシク!
大変長くなってしまいました。青臭い文章で御免なさい、ということで・・・・。
軽く通り過ぎちゃって下さい。
見て頂いただけで、感謝します。ありがとう御座いました。
今回は秋の季語、「露草」 を載せてみました。
照れまん君の 俳句歳時記 「梔子の花」 花梔子遠き香りの記憶あり 照れまん
( はなくちなし とおき かおりの きおくあり )
(1)
世の中、大変なことが起きてしまいました。
2009年8月30日、第45回衆議院議員選挙で、自民大敗(119)、
民主大勝(308)。歴史的大逆転。大転換。
大激震。遂に、来る時が来た、と言う感じです。
「
何だか、意味深ですね。
しかし、選挙結果に付きましては、今回は 口無し と言うことで御座いまして
いつもどうりに・・・・・・・。
代わり映えもしませんが、今回は クチナシの花 です。
梔子の花 と言えば、先に書きました歌謡曲を思い出します。
渡哲也氏の歌った歌。有名な曲なので、皆様よくご存知だとは思いますが、
素晴しい歌なので、歌詞を書いてみます。
くちなしの花
作詞 水木かおる
作曲 遠藤 実
いまでは指輪も まわるほど
やせてやつれた おまえのうわさ
くちなしの花の 花のかおりが
旅路のはてまで ついてくる
くちなしの白い花
おまえのような 花だった
わがままいっては 困らせた
子供みたいな あの日のおまえ
くちなしの雨の 雨の別れが
今でも心を しめつける
くちなしの白い花
おまえのような 花だった
小さな幸せ それさえも
捨ててしまった 自分の手から
くちなしの花を 花を見るたび
淋しい笑顔が また浮かぶ
くちなしの白い花
おまえのような 花だった
(2)
2008 06 26
「くちなし」 と花の名前を最初に聞いた時、とても変な名前だなあと思った。
それに漢字が難しくて 「梔子」 が書けません。
我が家には子供の頃から梔子の花は咲いているので、幼い頃から 花は
知っていました。ママゴトをしていても、この花は香りがいいので、よく使って
いました。こんなに香りのいい花なので、素敵な名前が付いているだろうと
思っていたら、あに図らんや、以外でした。
あの頃は、当然名前を知る由もありません。
クチナシ の名前の由来。
説 1、 果実が熟しても実が口を開かないので「口無し」から クチナシ。
説 2、 沢山成る黄熟した果実を梨に見立てて、その縁にある萼の形から、
口ひげの様にも見え、また口をすぼめている様にも見えることから、
嘴を持った梨 口のある梨 から クチナシ になった。
説1、と 説2、は正反対。口が無いというのと、口が有るというのが、何だか
面白いですね。多くのサイトには、説1、の方しか書いてありません。
したがって、説1、の方が有力なのでしょうか?
実の形が名前になった、という事は間違いが無いようです。
こんなに香りがいい花なのに、どうしてこの香りが名前にならなかったのだろう
と、不思議な気がします。
クチナシ が咲くと、庭中にいい香りが立ち込めます。
(3)
蕾の上の ササグモ?でしょうか 2008 06 27
漢字のほうですが、中国では 山梔子 (サンシシ)と書くそうです。
梔 声符は シ ・ くちなし
1、クチナシ 2、桑の一種
梔子 シシ ・ くちなし
巵 だけだと、 シ ・ さかずき と読む。
意味は 1、さかずき 2、支と同じ 支離 ばらばら
3、梔と通じ 臙脂(えんじ) べに
中国の徳利に 巵(し)と言う酒器があり、クチナシの実の形が似ていたので
木偏に 巵 と書いて クチナシの木にした、という説があるようです。
3、には 臙脂やべになどの色、染料に関する意味合いもあるようなので、
これらも関係しているのかも解りませんね。
日本では古く、平安時代の 「新撰字鏡」(901年)には 「久知奈志」(クチナシ)。
「本草和名」(918年) には 「久知奈之」(クチナシ) とあるようです。
クチナシ はこの他に、「支之」・「木丹」・「黄枝花」・「山黄枝」・「白玉花」・
「枝子」 などの表記があるそうです。
結局、中国で使われていた山梔子が漢字として使われるようになり、やがて
梔子 クチナシ になったようです。
(4)
古今集 より 一首。
みみなしの山のくちなしえてしかなおもひの色の下ぞめにせん
よみ人しらず
この和歌は梔子の花そのものでなく、梔子の実で染める黄色っぽい色の
それに染めたいと、詠まれているようです。
さて、いよいよ俳句です。
俳句歳時記では 「梔子の花」 は 夏の季語。
「花梔子」・「山梔子の花」とも書きます。「くちなし」や「口なし」と言う書き方
もします。
俳句を見てみましょう。
くちなしの花さくかたや日にうとき 与謝蕪村
山梔子や築地の崩れ咲きかくし 堀 麦水
(5)
モドキ と クチナシ 2008 06 27
薄月夜花くちなしの匂ひけり 正岡子規
今朝咲きし山梔子の又白きこと 星野立子
くちなしの一片解けし馨かな 久保より江
( くちなしの いっぺんとけし かをりかな )
(6)
梔子の花はすぐに茶色になって、汚くくなってしまいます 2008 07 04
口なしの花はや文の褪せるごと 中村草田男
草田男氏の句、「口なしの花」の所で切って読みます。
文章や手紙は書いた翌日、読み返してみると、変なことに気が付くことが
よくあります。草田男氏も何かハイカラな文章を書いたあと、ほんのちょっと
経っただけで読み返すと、はやくも文章が色褪せてしまっていた、と言うよう
な事があったのでしょう。
梔子の花は、茶色く色の褪せるのが早いですよね。香りはものすごく
いいのに、そのまま枝に色褪せた花が沢山残ります。
その梔子の変色した花を見ながら、自分の書いた文章に思いを馳せている
のですね。
俳句を作っていると、出来た時は ものすごくいい句が出来た、と思うこと
がしょっちゅうあります。夜中に作った俳句などは、翌朝読み返すとガックリ。
昼間作った句も一週間・一ヶ月と経って読み返すと、なんじゃこれは と
いうようなことがよくあります。
草田男氏のこの俳句、とてもよく解ります。素晴しい句ですね。
梔子の名句だと思います。
(7)
よその家の八重の大輪 梔子の花 2009 08 11
我が家の花の倍くらいの質感があります。
被子植物門・双子植物綱・アカネ目・アカネ科・クチナシ属 クチナシ
学名 : Gardenia jasminoides Ellis
英名 : Common gardenia
原産 : 日本・中国・台湾・インドシナ・ヒマラヤ
梔子の実は、日本では古く、飛鳥時代から染料として使われるほか、
漢方薬としても使われていたそうです。
消炎・利胆・止血薬 他 黄疸や肝炎・血便・不眠など、広く用いられていた
ようです。喉のはれや痛みがある時、煎液でうがいをすると、効果がある
そうです。
沢庵漬けを作る時、黄色の染料として使われているそうです。
(8)
2008 07 06
梔子は常緑低木。3メートル位の大きさになるようです。
我が家の梔子は小さな木です。高さは 50cm もありません。
50年も前の子供の頃から、殆ど変わりません。少し横に大きくなっているくらい。
毎年、剪定されるので、大きくなりません。かわいそうなくらい伐られている年も
あります。
下の写真 ↓ (6)の写真のあと剪定され、枯れるんじゃあないかと思うほど
刈られました。しかし、翌年(今年)はまた、葉がびっしりと生えて、沢山の花を
咲かせてくれました。
(9)
2008 07 31
半世紀くちなしの咲く庭であり 照れまん
花言葉 : 洗練・優雅・喜びを運ぶ・私は幸せ者・清潔
(10)
2009 06 24
俳句では 梔子の花 は 夏の季語で すが、もう一つ、
「梔子の実」 は 秋の季語 になります。
別の書き方で、「山梔子の実」。「梔子」とだけ書いてあると、梔子の実の
付いた秋の季語になるようですので注意です。
クチナシの実の句を二句。
山梔子の実のみ華やぐ坊の垣 貞弘 衛
くちなしの実のつんつんと風の中 安斉君子
次は、今年の我が家の梔子の写真。
雨上がりに撮ったものです。ややピンボケです。
何故か、白い花はピントが合ってくれません。撮り方が悪いのかなあ??
(11)
2009 06 24
梔子のセピア チェンジの風の吹き 照れまん
アメリカの大統領が共和党から民主党のオバマ氏にチェンジしました。
日本も自民党から民主党へと、大変革が起きました。
現在の日本の国の制度を建物に例えると、明治の建物の横にバラック
の家屋を建て増しし、又その横に木造家屋を継ぎ足し、又その横に
スレート葺きの建物を建て増しし、又その横に鉄骨の建物を建て増しし、
又その横に鉄筋コンクリートの建物を建て増ししたような、継ぎはぎだらけ
の家屋のようなものです。
それらの継ぎ目に隙間が出来、ザンザン漏りの大雨漏り。
使い勝手は悪いし、複雑で猥雑で入り組んでいて 効率が悪いこと
この上ないのです。
根本的に建物を建て替えればいいのですが、それは出来ません。人が
住んでいますから・・・・。今ある制度を根本的に作り直すことは出来ず、
修繕をすることしか出来ません。
その修繕を、民主党が担うことになりました。
欧米の色々な国の制度をあれこれ、まぜこぜにして取り入れているので、
消化しないまま取り入れたり、日本風に改変しているものもあります。 構造が根本的に間違っていたり、欠陥だらけですから、雨漏りは直して も直しても、直りません。
さてさて、これから大変な作業が待ち受けていますが、雨漏りは直るで
しょうか?民主党のお手並み拝見ですね。
―― もしもし、照れまんさん、内容がチェンジしてますよ~~!――
「おばまあ~?ゴメンちゃい! ついつい、選挙の結果に驚きを持ったもので。
チャック
ではでは、最期の写真!
(12)
2009 07 11
ところで、我が家の梔子は、八重なので実を付けてくれません。
一重六弁の花には、実がなるそうですが、八重の花には実が成らない
そうです。
梔子(くちなし)の花びらは、食べられるそうです。紅茶に入れて飲んだり
すると、とても香りがよくて美味しくなるそうです。
ウッソー、ホント!。何だか汚い感じがするけど、大丈夫???
そういえば、学名に、 Jasminoides とありましたが、これは ジャスミン
のような、とか、ジャスミンに似た香りを持つと言う、意味だそうです。
一度、紅茶に入れてみようかな??
梔子の実の写真が今回は撮れませんでしたので、又いつか、梔子の実
が撮れましたら、載せてみたいと思います。
今回は、夏の季語 「梔子の花」 と 秋の季語 「梔子の実」 を載せて
みました。
照れまん君の俳句歳時記 「守宮・ヤモリ」 守宮出て見て見ぬふりをして過ごす 照れまん
( やもりでて みてみぬふりを して すごす )
(1)
夜慌てて撮ったので、ピンボケ、光も足りませんでした
「
チャチャチャチャチャ~。
きょうも いってもいいかな~~。 『いいとも~』
きょうのゲストは イモリ で~す。」
「ど~も、タモリさん。お久しぶり~~!」
―― もしもし、あのね・・・。タモリ に イモリ で、今回の題が ヤモリ だって!
あのねえ、いい加減にしなはれや~。
疲れているんだから、これ以上疲れさせないでね。――
「失敬! 平に 平にご容赦を。次回からは 詰まらん駄洒落は書かんように
善処しますから。」
―― ほんまかいなあ?きちんと頼みますよ~。 ――
「ハイ!」
(2)
2008 04 30
脊椎動物門・脊椎動物亜門・爬虫綱・有鱗目・トカゲ亜目・ヤモリ下目・ヤモリ科
ヤモリ亜科・ヤモリ属 ニホンヤモリ
学名 : Gekko japonicus
英名 : Schlegel`s japanese gecko
学名はゲッコー。英名もゲッコー。ゲッコーの語源はマレーシア語
からきているのではないかと書かれていますが、詳しくは解りません。
(日本語のような響きが・・・・・、気のせいでしょうか。)
ヤモリ類は世界に 650種 。日本には、そのうち9種が生息。
(サイトによっては 世界に930種。日本に12種と書かれているものもあります。)
夜行性。
目は大型。瞳は瞼が変化した透明な鱗で覆われていて、瞼を閉じることが出来
ない。その為、舌で瞼を舐めて、清浄を保つそうです。
四肢は短く、指は5本。指先に吸盤があるのではなく、細かな毛が密集して生えて
いて、この毛の先端が鉤状になっていて、壁面の小さな凹凸に引っ掛けている。
(3)
襖を開けたとたん、落っこちて来て気絶してしまった。 2008 08 18
ふすまに挟まれて大怪我。死んだのかと思ったが、暫らくして行ってみたら居なくなっていた。
ヤモリ の語源は 害虫を食べてくれ、家を守るので 「家守」 になったとか。
漢字では、もう一つ「守宮」と書く。
これはどう読んでも モリミヤ だが、ヤモリと読む。
古くからお宮に棲みついていて、お宮を守るから「宮守」から 「守宮」 と
書かれるようになったとか。
「守宮」のもう一つ別の説。
古代中国、漢の武帝の時代。ヤモリに朱砂(水銀)を食べさせて赤くなった
ヤモリを粉末にし、女性の体に塗ると、一生その色は取れないが、女性が
浮気をして チョメチョメすると、その色が消えてしまうと信じられていた。
そこで、後宮で使われるようになり、後宮、いわゆる宮を守る(貞節を守る)
ので 「守宮」 と書かれるようになったというもの。
この説はすごいですね。こんな薬があったら大変。
現在の日本なら、女性はこの逆バージョンの薬が欲しいでしょうね。
男が浮気をすると色が変わる薬。
日本中の男の浮気がバレて、家を追い出されたりして・・・。
家を追い出された亭主達が集まるホテルが出来たりして。
そのホテルの名前が「後宮」。其処にコンパニオンが居て、また浮気をしたり
して。これは、やぶ蛇ならぬ、藪守宮だったりして・・・・。
男が浮気をしたって、大したことはないのに・・・。
コラコラ、話が逸れていますよ!話を元に戻しなさい。
ハイ !
家を守るから 家守(ヤモリ) なら、イモリ は何を守るからイモリなの???
とついつい思ってしまう。
そこでイモリを調べると、井戸を守るので 「井守」と書いてある。
エーーッ、ウッソー、ホント! 井戸が出来る前には井守は居なかったん???
可笑しくない?? とちょっと疑問を感じてしまう。
井守 の井は、井戸の事ではなく、田んぼの用水のことではないかと書かれて
いるものもあります。「田」と書いて「イ」と読むことがある。田舎 のイ がそれで、
イモリのイは 田んぼの事と、古い書物に書かれているものがあるそうです。
ヤモリ と イモリ の違いは、ヤモリ は 爬虫類 で イモリ は 両生類。
全然違うものなのですね。
(4)
何かの下敷きになり 干からびてしまった守宮 2008 12 22
さて、いよいよ俳句です。
俳句では、「守宮」(ヤモリ) は 夏の季語。
別の書き方では 「屋守」。
俳句を見て見ましょう。
河岸船の簾にいでし守宮かな 飯田蛇笏
(かしぶねの すだれにいでし やもりかな)
守宮啼くやヒマラヤ杉の深き燈に 渡辺水巴
あおざいの女に守宮鳴きにけり 有馬朗人
三句目の あおざい というのはベトナムの服ですよね。この句はベトナム
での吟でしょうか。はっきりとは解りませんが、色鮮やかなベトナムのシルク
の服とヤモリの対比が面白い句ですね。
(5)
水を飲むのだろうか 庭池に降りていた守宮 2009 04 19
私の田舎では ヤモリ のことは ヒチブ と言います。
これは正しくは シチブ。漢字で書けば 「七分」。
昔 守宮 に指先を噛まれると、腕の七分まで腐ると思われていたそうです。
それで、「七分」。 実際には守宮には 毒 は無いそうです.。
何となく色・形が気持ちが悪いのでそういうことになったのでしょう。
品書に見知らぬ文字や守宮鳴く 如月美樹
この俳句は、バリ島での吟だそうです。現地人しか入らない食堂に行くと
壁に守宮が居て、「チチャッ、チチャッ!」と鳴いたそうです。
守宮ゐて東京に一人だけならず 池内壽子
大都会に住んでいても、どことなく孤独感に襲われます。
そんな時、部屋に守宮が出たのでしょう。普通なら「キャーッ!」ということ
になりますが、それを見て、私は一人ではないのだと、言い聞かせている
のですね。共存共栄です。
(6)
ゴキブリの子供を咥えたヤモリ 2009 08 04
俳句の季語に、もう一つ 「守宮搗く」(やもりつく) というのがあります。
傍題に 「井守を搗く」・「井守の印」 があります。
これは、先程書きました漢の後宮の故事に習い、端午の日に捕らえたヤモリを
翌年の端午に搗いて用いると効験がある、という俗言が生まれた。
それに習い出来た夏の季語。
この故事が日本に入ってきた時、ヤモリとイモリを間違えてしまったようです。
それで、守宮 と 井守 の両方が季語に書いてあります。
歳時記には 例句が一句しか載っていませんので、これを載せてみます。
ゐもりつく王の秘メ事窺ひけり 松瀬青々
この句の読み方は「イモリつく おうの ひめごと うかがいけり」 で、いいので
しょうか。
もう少し 守宮の俳句を・・・・。
膝に蒲団はさみて寝るや守宮鳴く 沢木欣一
定位置に夫と茶筒と守宮かな 池田澄子
ニホンヤモリは 日本固有種ではなく、非常に古い時代の渡来動物と
考えられているようです。いつ頃渡来したかは、不明なようです。
平安時代の「和名類聚抄」(わみょうるいじゅしょう)にヤモリの記述がある
そうです。「エンテン」や「エイゲン」と書かれているのが、守宮だそうです。
ヤモリ・イモリ・トカゲ はその形が似ているため、誤用、混同されることが
しばしばあったようです。
では、最期の写真を一枚。
(7)
上は天井 垂直に壁に張り付いている守宮を 下からパチリ 2009 07 28
守宮 は別称 「壁虎」と書いて、カベチョロ とも呼ばれているそうです。
チョロQ ならぬ、カベチョロ というのが可愛いですね。
カベチョロ君は写真嫌いで、撮ろうとするとすぐに逃げてしまうので、なかなか
うまく撮れません。
守宮出づ悪人顔の善人も 照れまん
(やもりいづ あくにんがおの ぜんにんも)
カベチョロ君は、意外といい奴。顔や形は気味悪くて嫌われていそうですけど、
人間にとっては、有益な爬虫類。
昔から殺さないようにと言われています。 家守 ですから・・・・。
今回は夏の季語。家の中にいる 守宮 を載せてみました。
照れまん君の俳句歳時記 「虫干し」 虫干す宝石箱の胆石を 照れまん
( むしぼしす ほうせきばこの たんせきを )
(1)
2009 07 30
「虫干し」は、夏 土用の晴天の日に、書籍・書画・衣類 などを、陰干し
にすること。
広島では 8月6日の「原爆の日」の少し前に、原爆死没者名簿が虫干されます。
毎年のように、そのニュースが TV で放送されます。
今回、今までに撮った写真を 「虫干し」 として載せてみます。
今までに載せた見たことのある写真や、まだ載せていない写真を、少しだけ
載せてみます。
俳句 と 写真の 「虫干」です。
(2)
冬の紅葉の写真
俳句では、「虫干」 は 夏の季語。
傍題に 「土用干」・「虫払い」・「曝書」・「書を曝す」・「曝涼」・「風入れ」 などが
あります。
大きな寺社などでは、古くから「宝物風入れ」(ほうもつかぜいれ)として、湿度の
低い、秋の晴天に行なわれていたりします。
秋にも行なわれていますが、一応「虫干」は夏の季語。
秋の場合は「秋の風入れ」 とか「秋の虫干し」と言う風に 秋を入れるといいの
かも知れませんが、私の持っている歳時記には、「秋の虫干」は載っていません。
(3)
村の畑で飼われているダチョウ 2008 04 06
虫干しは古くから、宮中や社寺で行なわれていたようですが、なぜか和歌には
詠まれなかったようです。
江戸時代、俳諧によって 「土用干」・「虫干」 が取り上げられ、夏の風物詩と
して、好んで詠まれるようになったようです。
まづ、江戸時代の俳句を読んで見ましょう。
罪ふかき女めでたし土用干 鬼貫
無き人の小袖も今や土用干 芭蕉
竜宮もけふの塩路や土用干 〃
かけたらぬ女心や土用干 千代女
いさゝかな料理出来たり土用干 蕪村
虫干しや甥の僧訪ふ東大寺 〃
(4)
庭で見つけたアオガエル 2009 04 12
虫干や竹見て暮す人にさへ 一茶
旅人や歩きながらの土用干 一茶
虫ぼしを男もす也草の庵 〃
虫干の上を通るや隠居道 〃
(5)
夕暮れの サザンカ
「曝書」(ばくしょ) や 「書を曝す」 は書物を虫干しすること。
衣類の場合は「虫干」や「土用干」。
昔は 衣紋竹(えもんだけ) に着物をかけて 廊下や縁側にずらりと並べて
いましたが、今では殆ど見ることはなくなりました。
昔は夏物と冬物を入れ替えていましたが、今はクローゼットや収納庫が広く
なったために、出し入れをしなくてもよくなりました。
随分楽になりました。しかし、その分、ケジメがなくなったのと、衣類がものすごく
増えましたね。
女性の部屋は服だらけです。
虫干に増えず減らざる母の衣 橋本美代子
昔の母親ってこうでしたよね。持ち物を大切にしてました。
自分は服も買わず、食べるものも子供の残したものを食べて、・・・・。
まず、子供! みんな子供の為でした。
今は変わりました。まず自分。自分がほしいものを買い、自分のやりたい
ことをする。子供は自由奔放。躾などどこ吹く風。
これから、困った時代になるかも知れませんね。
橋本美代子氏は 1925年大正14年生まれ。私の母より一歳年上。
母君の橋本多佳子氏は有名な女流俳人。和服を着た、とても美人に写った
写真を俳句雑誌で見たことがあります。
なんでも、ご自分で「私は写真写りがいいのよ!」
と、笑っておっしゃっていたとか・・・。
慎ましやかで、質素な生活が偲ばれます。
橋本多佳子氏の句に、
「いなびかり北よりすれば北を見る」 など、有名な句が沢山あります。
(6)
大学に通っている子供が連れて帰ってきたチワワ 2009 04 17
もう少し、俳句を載せてみます。
正宗の眼もあらん土用干 正岡子規
( まさむねの まなこもあらん どようぼし )
虫干の一竿すずし土用干 子規
虫干のほのめく衣や草の宿 高浜虚子
(7)
今年の我が家の薄寒桜 2009 02 15
虫干や返す人亡き書一函 河東碧梧桐
虫干やつなぎ合わせし紐の数 杉田久女
杉田久女氏(1890~1946)は明治23年生まれ。
有名な俳句に 「花衣ぬぐやまつはる紐いろ/\ 杉田久女 」という
のがあります。明治生まれの女性ですから、普段は着物でお過ごしだった
のでしょうか。
紐が詠まれているのが、面白いですね。
虫干のあつめし紐や一たばね 飯田蛇笏
女性が紐を詠みますと、何となく帯紐の感じがして艶っぽいですが、男が詠み
ますと、荷物を結ぶ紐のような感じがします。
我が家の祖父母も、色んな紐を引き出しの中にきちんと結んで束ねて、取って
いました。
(8)
田んぼで見つけた大きな蟹 逃げ廻るのを追いかけて・・・
はさみたるスヰスのはがき書を曝す 松尾いはほ
スヰス の書き方が面白い。本を開いて虫干ししていたら、本の間に挟んで
いたスイスの友人から来た葉書が、出てきたのですね。思わず懐かしくて
見てしまっているのでしょう。
漢籍を曝して父の在るごとし 上田五千石
( かんせきを さらして ちちの あるごとし )
父君が漢書をよく読んでおられたのでしょう。それらを 虫干 していると、
父が其処に居るような錯覚に陥るのですね。
虫干の青き袖口たゝまれし 高野素十
(9)
2009 04 07
久々に モドキジュニア だいぶ大きくなりました。
名前をまだ付けていないのですが、「胆石」君にしようかと思っていた
のですが、メスなのでちょっとマズイかなと、まだ名前が決まりません。
一冊を拾ひ読みして書を曝す 鷹羽狩行
山寺に虫干法座ありにけり 大峯あきら
虫干の四S遠くなりにけり 三村純也
三句目の三村純也氏は、今「NHK俳句」 の選者をしておられます。
四S とは、山口誓子・水原秋桜子・高野素十・阿波野青畝 の名前の
S を取って 四S。昭和初期に頭角を現した4人の俳人。
(9)
蘇鉄の葉の裏に止まっている空蝉 ものすごい逆光でした
「空蝉」 は以前に記事を書きました。
↑ もし、御覧になりたい方がおられましたら、こちらを御覧下さい。
乏しき書曝す己を曝すかに 井桁白陶
この句は、自分の内面を詠んでいます。とても謙虚ですよね。
素晴しい句です。
あの人のこころ虫干したきかな 照れまん
では、最期の写真。
バッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜。
(10)
2009 08 17
虫干す原典版の無伴奏 照れまん
バッハの無伴奏チェロ組曲 第一番 プレリュード のページ。
シミだらけ、鉛筆でスラーを書き加えています。40年くらい前に買った
懐かしい楽譜。
今回は夏の季語 「虫干」 ということで、俳句を何句か・・・・。
それに、写真の虫干を兼ねまして、新しい写真と古い写真を取り混ぜて、
載せてみました。
照れまん君の俳句歳時記 「巴旦杏」 この花にどんな実のなる楽しみに待つこと三月甘酸っぱき果
照れまん
(1)
2009 03 20
「犯人はお前だ!いい加減に、吐いたらどうなんだ。ネタはあがってるんだぞ!」
「・・・・・・・???」
「何とか言ったらどうなんだ。物は押収してるんだ!答えろ~~。
「ヘントウセン、へんとうせん・・・・???」
「返答しろ!早くゲロして、楽になったほうがいいだろう・・・・・。
さあ、何とか答えろ・・・。」
「う~~~、ヘントウセン、扁桃腺が痛くって・・・・それで、果物でも食べようかなと
思って、一個だけ・・・・???」
レポーター 「こちら、冷蔵庫に冷やしていた、巴旦杏が一個なくなり、その種が
お皿にのっていたので、食べたと疑われている、照れまんさんの
取調べの現場です。照れまんさんにインタビューしてみましょう。
一体どうしたんですか?」
「冷蔵庫に、巴旦杏が、沢山入っているので、一個くらい、食べたっていいんじゃ
ないかと思って~~!それに、種は出すでしょう~。アーモンドじゃないんだから。
種を出したらいかんの???
レポーター 「・・・と、照れまんさんが、業務上横領では無いと、正当な行為
だと訴えています。
こちら、現場の台所から、生中継でお送りしました。」
と言う前フリで、今回は 巴旦杏(はたんきょう)です。
扁桃腺 の 扁桃 とは 巴旦杏 の事 とあります。
巴旦杏 とは、アーモンド。アーモンドは巴旦杏の種(仁)のこと、とあります。
ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!
アーモンド と 巴旦杏 とは、全然違うでしょう???
(2)
2008 04 06
私の田舎では 巴旦杏のことは、はらんきょう と呼んでいます。
日本で 普通に食べられている、巴旦杏 と 学術的な 巴旦杏 とは、
どうやらまったく別物のようです。
まず学術的なほうですが、これは中国で 巴旦杏 と名付けられたもの。
中国の 巴旦杏は ペルシャ語の「バタン」に由来しているらしい。
原産 : ペルシャ・イラン・西アジア
バラ科・モモ属
学名 : Prunus dulcis
和名 : 扁桃・ 巴旦杏
(喉の形が 扁桃の実 に似ているので 扁桃腺になったとか)
アーモンドのギリシャ語表記で Prunus (スモモ)。
ラテン語表記で amygclalus (アーモンド)。
ペルシャから中国に伝わったもので、その時、巴旦杏 と名付けられた。
これは、 学術的には、どうやら アーモンド種 のことらしい。
種を食べるもの。
下の写真が 扁桃・巴旦杏・アーモンド の花ではないかと思われます。
(3)
2008 03 27
桜より、やや大きめの花。ピンク色がほんのりとあります。
下は実。これが扁桃・アーモンドであろうと思われます。
(4)
2008 05 04
アーモンド・扁桃 は品種がとても多いそうです。
近所の畑に一本だけあるのですが、持ち主に会うことが出来ませんでしたので、
この花と実が何の木で、どんな品種なのか、聞くことが出来ませんでした。
たぶん、扁桃・巴旦杏の本物に間違いないと思います。
(5)
2008 06 07
アーモンド・扁桃・巴旦杏 は桃の近縁種。
almond (英) amande (仏)
さてさて、話を元に戻しますが、次にもう一方の巴旦杏。
(6)
2009 03 20
(1)(2)と(6)以後の写真に撮っている 巴旦杏の花 は アーモンド とは
まったく別物。
私たちが 普通に生食 している 巴旦杏。
私の田舎では ハランキョウ と呼んでいますが、正式には、巴旦杏
ハタンキョウ と言うらしい。
バラ科・サクラ属・スモモ亜属
ニホンスモモ と言うのがあるそうです。
学名 : Prunus salicia
英名 : Japanese plam
李(スモモ) は英語で、prune プルーン や Plam プラム と呼ばれて
いる。
原産 : 中国 (揚子江流域付近にかけて)
日本には非常に古く入ってきたらしく、その為、古くからあるものは
ニホンスモモ と呼ばれているらしい。
明治時代、ニホンスモモと 西洋スモモを元に、食用園芸種が幾つも作られた。
山梨県で古くから スモモが栽培されていた。その中に「牡丹李」ボタンスモモ と
いう大き目の果実の成る実があった。これが、明治10年頃、アメリカに輸出された。
それが、アメリカで品種改良され、大正時代にアメリカから逆輸入された。
これに、元農林省園芸試験場で「甲州大巴旦杏」(こうしゅうおおはたんきょう)と
いう名前が付けられた。
そして、これが全国に広まり、ハランキョウ や ハタンキョウ・ボタンキョウ と
呼ばれている現在の食用李(スモモ)になった。
果実は、4~5cmで大きめ、心臓形の丸い形。黄色から赤くなり、やや酸っぱ味
があるが、熟すと甘くて美味しい。色んな品種があるそうです。
下の写真に撮っているのは、後者の李(スモモ)系のもののようだ。
(7)
2009 03 20
さて、俳句ですが、「巴旦杏の花」 は 春の季語。晩春
別の言い方で、「ぼたんきょうの花」。
五弁の白い花を咲かせる。雌しべ一本、雄しべ多数。
春頃、梅につづいて、花を咲かせる。
俳句を見てみましょう。
巴旦杏花の白さに雨上る 田家展子
巴旦杏咲く山家訪ふゆかりあり 勝又一透
(8)
2009 07 04
畑と森の間に 2本の 白い花の咲く木があります。
李(すもも)は自家不和合性なので、受粉樹が必要。その為、2本の木が
植えてあるようです。
ちょっと見は 梅かと思ったのですが、梅にしては木が大きすぎるし、花の
感じが違う。
そのうち、実が成れば解るだろうと思っていたら、一年以上かかって、今年、
ようやく実が成っているのを見て、「巴旦杏」だと解りました。
この写真の実は 7月にはもう食べられそうですが、品種により、7~9月頃に
熟れるそうです。
俳句では 「巴旦杏」 だけだと 夏の季語。
「巴旦杏の実」 とかく必要は無く、巴旦杏だけで実のことになりますので、
夏の季語 になります。
俳句を見てみましょう。
ひと籃の暑さ照りけり巴旦杏 芥川龍之介
( ひとかごの あつさてりけり はたんきょう )
芥川龍之介は小説家。さすがに難しい漢字を使っています。
籃 読み : ラン、かご、ふせご、かたみ
意味 : 1、かご、竹で編んだかご、大きなかご、2、ふせご、3、かたみ
竹で編んだ大きな篭に、真っ赤に燃えるような巴旦杏を、一杯収穫したのでしょう。
そこに太陽が当たっているのですね。
巴旦杏幼な古ごと皆似たり 水原秋櫻子
六月の出羽や火焔の巴旦杏 堀口星眠
(9)
2009 07 14
歳時記には、僅かしか俳句の例句は載っていません。
インターネットで探してみたのですが、こちらも多くは見つかりませんでした。
見つけたものを、もう少し載せてみます。
一休と笑ひたりけり巴旦杏 岡井省二
むにやむにやと動く赤子や巴旦杏 紫田佐知子
巴旦杏は正式には、アーモンドの種類。
ところが、日本では 李(すもも)の1品種に、甲州大巴旦杏の名前を付けたこと
により、李が巴旦杏と呼ばれるようになった。
それを知らない私がインターネットで、巴旦杏を検索すると、まずアーモンドが
沢山出てくるので驚きました。
違う植物に、どことなく似ているので、同じ名前を付けた為に、混乱することに
なったようです。
中国でも、李 ・ 杏 ・ 杏仁 ・ 扁桃 が混同されているそうです。
こんがらがりそうですが、何度も調べて、ようやく少しだけ理解できました。
巴旦杏の影なす妻の若さ過ぐ 森 澄雄
最期に落果の写真を一枚。
(10)
2009 07 10
うす皮の熟れて裂けをり巴旦杏 照れまん
大変ややこしいのですが、扁桃・巴旦杏 は正しくはアーモンド種を言うようです。
ところが、現在は普通には食用李(すもも) も巴旦杏と呼ばれ、こちらの方が
一般的には巴旦杏として、通用するように思います。
それで、今回は、アーモンド種の巴旦杏 と、スモモ系の巴旦杏 の
両方を載せて見ました。
俳句では、スモモ系の花と実が歳時記に載っています。
「巴旦杏の花」と言えば 春の季語。
「巴旦杏」 と言えば夏の季語 です。
夏の果物として貴重です。なかなか美味しいですよね。
ということで、また ヨロシク・・・・。
照れまん君の昆虫 「蝶」 その2 蝶の写真 追加 その2
蝶の写真がもう少し残っています。
同じ蝶ばかりで代わり映えしないのですが、あと少しだけ載せてみます。
(1) ウラナミジャノメ
2008 06 05
(2)
2008 07 11
(3)
(4)
2008 07 11
蝶は 英語で書くと、 Butterfly です。
バタフライの語源は幾つも説があるようですが、その中の一つに、
「バター色をした飛ぶもの」、というのがあるようです。
だから、 Butter + fly なのですね。
フランス語の パピヨン、ギリシャ語のブシュケ も蝶。
これらの語源は 古くサンスクリット語の「揺らぐ」 の 「ピル」から来ているそう
です。ここから、 Psychology 心理学の 由来にもなっているそうです。
「蝶」と「蛾」 は日本では、はっきりと分かれていますよね。
ところが、国によっては、「蝶」はあっても「蛾」 という呼び方の無い国がある
そうです。
そういう国では、蛾の事は 「夜の蝶」と言う呼び方で 「夜の」を付けて呼んで
いるそうです。
「夜の蝶」 と聞いただけで、何となく嬉しくなるのは、私だけでしょうか。
ムフッ!
続いて ベニシジミ
(5)
2008 07 07
(6)
2008 07 07
(7) 少々 くたびれた ベニシジミ
2008 07 12
(8) こちらは、うら破れたベニシジミ
2009 04 17
なぜか、逆さまになるのが好きな ベニシジミ
(9)
2007 07 11
(10)
2009 07 13
(11)
2008 07 13
色が鮮やかで綺麗な ベニシジミ
最期に、白い輪郭がはっきりと見える個体を 2枚載せてみます。
まだ羽化して間もないのでしょうか?
(12)
2009 04 11
最期は、昨年 2008年に撮った写真。
この個体は、比較的じっとしてくれていて、5センチまで近づいて、
5~6枚の 写真を撮らせてくれました。
(13)
2008 06 07
今回も、またまた蝶の写真を載せました。
実は、パソコンのローカルディスクの容量が一杯になって来ました。
そこで、新しく 160GB の HD を買いました。
ようやく、その使い方が解りましたので、ぼつぼつこちらに写真を移したい
と思ったからです。
蝶の写真は多いいので、捨てるものは捨てる、移し変えるものは移すで、
ブログにアップしといて、移し変えようと思いまして、纏めて載せました。
これで、当分「蝶」の写真は ナシ です。
同じ蝶の写真が続きましたが、変わらず見て頂きまして、有難う御座いました。
チョウ~~、感謝!
|
|
|