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    照れまん君の俳句歳時記 「水洟」

     
     
                     みずっぱな昔の自分ここにをり   照れまん
     
     
                  戦後の子供って、みんな洟を垂らしていました。
                  水洟青洟。それを、袖口で拭くので、袖はガビガビ。
                  青洟は洟をすすると、するっとまた鼻の中に入っていき、二本が上下
                  するので、特急電車などと呼んで、面白がっていました。
     
                  私などは、いまだに 洟垂れ小僧で 一年中水洟が出ています。
                  アレルギー性鼻炎なのか、風邪なのか??
                  おかげで、しっかり 鼻紙王子 しています。
     
             
                                                                             2009 11 12
                 
     
                 さてさて、俳句ですが、俳句に 「水洟」 の季語があるのをご存知でしょうか。
                 「水洟」(みずばな) は 冬の季語
                 傍題には 「みづばな」・「洟水」(はなみず)・「みずっぱな」 などがあります。
                 「ハナミズ」を辞書で引きますと、「鼻水」の漢字しか出てこないものもあります。
                 俳句では、殆どの場合、三水の「洟水」を使っています。
     
                 水洟はものすごく俗な季題ですが、それを逆手にとって、素晴しい俳句が
                 幾つかあります。
                 それらを、少しだけ載せてみます。
     
                        水洟や鼻の先だけ暮残る      芥川龍之介
                      
                 芥川龍之介氏の有名な俳句。水洟を代表する句。
                 鼻の先に、夕日が当たっているのでしょうか。
                 それとも、洟をかんでいると、だんだん鼻の先が赤くなってくるので、それを、
                 夕日に見立てているのでしょうか。面白い句です。
                 この句は、芥川龍之介自身が自死する前に、主治医に「自嘲」と書いたもの
                 を渡したそうです。その中に書かれていた俳句。
                 作られたのは、それより少し前のようですが、本人にとっては、辞世の句の
                 ような気持ちがあったのでしょうか?
                 世の中、万物様々なことがありますが、自分の書き残した物など、ほんの
                 ちょっと、鼻の先ほどのことしか書いていない、ということでしょうか?
                 何も知らずに鑑賞していたのと、こういうことを知って鑑賞したのでは、随分
                 イメージが違ってきます。とても深いものを感じてしまいます。
     
                        水洟や仏具をみがくたなごころ   室生犀星
     
                 室生犀星氏の句も面白い。
                 仏具を磨いているので、手が汚れている。しかし、鼻が出そうになっているのだ
                 けれども、鼻をかめば手が汚れて不浄になるので、我慢しているのでしょか。
                 同じ手でも、仏具を磨く汚れと、洟の汚れでは違うのでしょうね。
                 面白い俳句です。
     
                        幇間の道化窶れやみづっぱな    太宰治
     
                 この句は難しいですね。字が読めません。
                 幇間(ほうかん)とは たいこもち。もう一つは、(やつ)れ と読みます。
                 男芸者といえばいいのか、たいこもちが水洟を出し、やつれながらも道化て
                 いるのが、何とも哀れだなあという句のようです。
     
                 偶然にも小説家三人が詠んだ「水洟」の句。小説家の俳句は決して多く
                 はないのに、奇しくも三人が水洟の句を詠んでいるのが面白いですね。
                 不思議です。
     
                 その他の俳人の句も載せてみます。
     
                        水洟や一念うつす古俳諧        鈴鹿野風呂
     
                 鈴鹿野風呂(すずか のぶろ)氏。1887年(明治20)~1971年(昭和46)。
                 「京鹿子」主宰。
                 古い俳句の中に、その人の全身全霊の込められた、一念が滲み出ている句
                 があり、それを鑑賞しているのでしょうか。
                 そうすると、自分はだらしなく水洟が出てきてしまったのでしょう。
                 これはいかんぞ、一念発起しなくてはと・・・・、思っているのでしょうか。
                 しびれるような、いい俳句です。
     
                        念力もぬけて水洟たらしけり      阿波野青畝
     
                 阿波野青畝(あわの せいほ)氏。1899年(明治32年)~1992年(平成4)。
                 年を取ってしまうと気力も念力も萎えてしまって、水洟が出てきてしまいます。
                 いつの間にか、好々爺になってしまっているというのでしょうか?
                 それとも、何かとても気を張った仕事をしていて、それが終ってほっとしたら、
                 水洟が出てきてしまったというのでしょうか。
                 どちらにしても、俳諧味のある素晴らしい俳句です。
     
                        水洟や我孫子の駅のたそがれて    石田波郷
     
                        水洟も郷里艶めく橋の上         飯田龍太
     
                 どの句も、みんな素晴しい句です。俳句界大御所の競演。
                 あと二句ほど、とても面白い句を・・・。
     
                                水洟を貧乏神に見られけり        松本たかし
     
                        水洟や仏観るたび銭奪られ       草間時彦
     
                 草間氏の句は、奈良での吟だそうです。
     
                 水洟を詩の中心に詠み込むなどというのは、世界の詩の中でも珍しいのでは
                 ないかと思います。ちょっと嬉しくなります。
     
                 さてさて、上の写真。
                 私の部屋のすぐ裏にある保育園の菜園で、朝から賑やかに芋掘りをしていま
                 した。そこで、私も起きて行き、パチリと撮らせて貰ったスナップ写真。
                 午後3時過ぎ、お八つ時に保育園にカメラを持って行き、芋掘り風景の
                 スライドショウーをさせてもらいました。
                 馬鹿受けでした。一廻り終わると、もう一度見せてというので2回目。
                 それが終っても、「もう一度〇〇君の鼻水の写真が見たい!」というので、
                 手動で早送りしながらもう一度見せました。みんな立ち上がってテレビの前に
                 来て大笑い。保母さんにも馬鹿受けでした。
                 〇〇君の名誉の為に、顔の全体は出せませんけど・・・。
                 次に撮る時は、2枚目に可愛くとりますからね~! 
                 〇〇君  ウインク ゴメンチャイ ★
                 私は保育園のお八つの蒸かし芋を一個貰って帰りました。 ありがとう 爆笑
     
                 今回は、久しぶりに 照れまん君の俳句歳時記。
                 冬の季語 「水洟」 を書いてみました。
     
                        ややこしや泣いているのか水洟か    照れまん
     
     
     
     
     
     
                 

    照れまん君の俳句歳時記 「虫干し」

     
     
     
                 虫干す宝石箱の胆石を   照れまん
                 
                  ( むしぼしす ほうせきばこの たんせきを )
     
            (1)
             
                                                      2009 07 30 
     
              「虫干し 土用の晴天の日に、書籍・書画・衣類 などを、陰干し
                               にすること
     
              広島では 8月6日の「原爆の日」の少し前に、原爆死没者名簿が虫干されます。
              毎年のように、そのニュースが TV で放送されます。
     
              今回、今までに撮った写真を 「虫干し」 として載せてみます。
              今までに載せた見たことのある写真や、まだ載せていない写真を、少しだけ
              載せてみます。
              俳句 と 写真の 「虫干」です。
     
            (2)
            
                                                                        冬の紅葉の写真
     
     
              俳句では、「虫干」 は 夏の季語
              傍題に 「土用干」・「虫払い」・「曝書」・「書を曝す」・「曝涼」・「風入れ」 などが
              あります。
              大きな寺社などでは、古くから「宝物風入れ」(ほうもつかぜいれ)として、湿度の
              低い、秋の晴天に行なわれていたりします。
              秋にも行なわれていますが、一応「虫干」は夏の季語
     
              秋の場合は「秋の風入れ」 とか「秋の虫干し」と言う風に 秋を入れるといいの
              かも知れませんが、私の持っている歳時記には、「秋の虫干」は載っていません。
     
             (3)
            
                                 村の畑で飼われているダチョウ  2008 04 06
     
              虫干しは古くから、宮中や社寺で行なわれていたようですが、なぜか和歌には
              詠まれなかったようです。
              江戸時代、俳諧によって 「土用干」・「虫干」 が取り上げられ、夏の風物詩と
              して、好んで詠まれるようになったようです。
     
              まづ、江戸時代の俳句を読んで見ましょう。
     
                     罪ふかき女めでたし土用干          鬼貫
     
                     無き人の小袖も今や土用干          芭蕉
     
                     竜宮もけふの塩路や土用干          〃
     
                     かけたらぬ女心や土用干           千代女
     
                     いさゝかな料理出来たり土用干        蕪村
     
                     虫干しや甥の僧訪ふ東大寺          〃
     
             (4)
            
                                                        庭で見つけたアオガエル       2009 04 12
     
                     虫干や竹見て暮す人にさへ          一茶
     
                     旅人や歩きながらの土用干          一茶
     
                     虫ぼしを男もす也草の庵             〃
     
                       虫干の上を通るや隠居道            〃
     
                                   (5)
            
                                                                          夕暮れの サザンカ
     
              「曝書」(ばくしょ) や 「書を曝す」 は書物を虫干しすること。
     
              衣類の場合は「虫干」や「土用干」。
              昔は 衣紋竹(えもんだけ) に着物をかけて 廊下や縁側にずらりと並べて
              いましたが、今では殆ど見ることはなくなりました。
     
              昔は夏物と冬物を入れ替えていましたが、今はクローゼットや収納庫が広く
              なったために、出し入れをしなくてもよくなりました。
              随分楽になりました。しかし、その分、ケジメがなくなったのと、衣類がものすごく
              増えましたね。
              女性の部屋は服だらけです。
     
                      虫干に増えず減らざる母の衣       橋本美代子
     
              昔の母親ってこうでしたよね。持ち物を大切にしてました。
              自分は服も買わず、食べるものも子供の残したものを食べて、・・・・。
              まず、子供!  みんな子供の為でした。
              今は変わりました。まず自分。自分がほしいものを買い、自分のやりたい
              ことをする。子供は自由奔放。躾などどこ吹く風。
              これから、困った時代になるかも知れませんね。
     
              橋本美代子氏は 1925年大正14年生まれ。私の母より一歳年上。
              母君の橋本多佳子氏は有名な女流俳人。和服を着た、とても美人に写った
              写真を俳句雑誌で見たことがあります。
              なんでも、ご自分で「私は写真写りがいいのよ!」
              と、笑っておっしゃっていたとか・・・。
              慎ましやかで、質素な生活が偲ばれます。
              橋本多佳子氏の句に、
              「いなびかり北よりすれば北を見る」 など、有名な句が沢山あります。
     
            (6)
            
                       大学に通っている子供が連れて帰ってきたチワワ  2009 04 17
     
               もう少し、俳句を載せてみます。
     
                      正宗の眼もあらん土用干       正岡子規
                      ( まさむねの まなこもあらん どようぼし )
     
                      虫干の一竿すずし土用干          子規
     
                      虫干のほのめく衣や草の宿      高浜虚子
     
             (7)
            
                                      今年の我が家の薄寒桜   2009 02 15
     
                     虫干や返す人亡き書一函         河東碧梧桐
     
                     虫干やつなぎ合わせし紐の数       杉田久女
     
               杉田久女氏(1890~1946)は明治23年生まれ。
               有名な俳句に 「花衣ぬぐやまつはる紐いろ/\    杉田久女 」という
               のがあります。明治生まれの女性ですから、普段は着物でお過ごしだった
               のでしょうか。
               紐が詠まれているのが、面白いですね。
     
                    虫干のあつめし紐や一たばね       飯田蛇笏
     
               女性が紐を詠みますと、何となく帯紐の感じがして艶っぽいですが、男が詠み
               ますと、荷物を結ぶ紐のような感じがします。
               我が家の祖父母も、色んな紐を引き出しの中にきちんと結んで束ねて、取って
               いました。
     
             (8)
            
                               田んぼで見つけた大きな蟹 逃げ廻るのを追いかけて・・・
     
                     はさみたるスヰスのはがき書を曝す      松尾いはほ
     
               スヰス の書き方が面白い。本を開いて虫干ししていたら、本の間に挟んで
               いたスイスの友人から来た葉書が、出てきたのですね。思わず懐かしくて
               見てしまっているのでしょう。
     
                     漢籍を曝して父の在るごとし          上田五千石
                        ( かんせきを さらして ちちの あるごとし )
     
                 父君が漢書をよく読んでおられたのでしょう。それらを 虫干 していると、
               父が其処に居るような錯覚に陥るのですね。
     
                    虫干の青き袖口たゝまれし           高野素十
     
             (9)
            
                                                   2009 04 07
                 久々に モドキジュニア  だいぶ大きくなりました。                  
                 名前をまだ付けていないのですが、「胆石」君にしようかと思っていた
                  のですが、メスなのでちょっとマズイかなと、まだ名前が決まりません。 
     
                        一冊を拾ひ読みして書を曝す       鷹羽狩行
     
                        山寺に虫干法座ありにけり         大峯あきら
     
                        虫干の四S遠くなりにけり          三村純也
     
                  三句目の三村純也氏は、今「NHK俳句」 の選者をしておられます。
                  四S  とは、山口誓子・水原秋桜子・高野素十・阿波野青畝 の名前の
                  S を取って 四S。昭和初期に頭角を現した4人の俳人。
     
             (9)
            
                          蘇鉄の葉の裏に止まっている空蝉 ものすごい逆光でした
     
                 「空蝉」 は以前に記事を書きました。
                   ↑  もし、御覧になりたい方がおられましたら、こちらを御覧下さい。
     
     
                        乏しき書曝す己を曝すかに      井桁白陶
     
               この句は、自分の内面を詠んでいます。とても謙虚ですよね。
               素晴しい句です。
     
                        あの人のこころ虫干したきかな    照れまん
     
     
               では、最期の写真。
               バッハの無伴奏チェロ組曲の楽譜。
     
             (10)
            
                                                    2009 08 17
     
                         虫干す原典版の無伴奏     照れまん
     
               バッハの無伴奏チェロ組曲 第一番 プレリュード のページ。
               シミだらけ、鉛筆でスラーを書き加えています。40年くらい前に買った
               懐かしい楽譜。
     
               今回は夏の季語 「虫干」 ということで、俳句を何句か・・・・。
               それに、写真の虫干を兼ねまして、新しい写真と古い写真を取り混ぜて、
               載せてみました。
             
     
     
     
     

    照れまん君の俳句歳時記 「松手入」

     
     
              二代目の庭師も老いて松手入  照れまん
     
                                 (1)
            
                                                                             2008 07 19
     
              「おじさん、写真を撮らせてもらってもいいかねえ?」
              「ああ、いいよ!ワシみたいなもんを撮って、どうするん?」
              「パソコンに、ブログ というのがあってね。それに、載させてもらおうかと
               思うんじゃがね?」
              「ほう、そりゃあ、よう解らんが・・・・、かんまんよ・・・。」
     
              というので、パチパチと撮らせてもらいました。
     
                     梯子より枝に移りて松手入れ       照れまん
     
            (2)
            
                              背の高い山紅葉の上に登っている       2008 07 19  
     
              毎年来てくれる庭師さん。
              10年位前までは、従業員が4~5人いて、三日間くらいで綺麗にしてくれていた。
     
              後片付けも、きちんとしていてくれていたが、今は従業員が高齢化や病気で辞め
              たり亡くなったりして、とうとう大将一人になってしまった。
              それで、最近は後片付けはまったくしてくれず、枝や葉を落すだけなので、庭に
              うず高く落とした枝が出ます。そのあとの掃除は家族がしなければならなくなり、
              これが、結構大変なのです。
              剪定のおかげで、一年間の風呂の焚き木が出るのはいいのですが・・・。
     
                高齢化の進む島では、過疎化も進み、どんどん人が少なくなってきているので、
              この先どうなるのか不安です。
     
       
              (3)
             
                                                                    2008 07 19
                松手入れ前 と 後    前  上 ↑      後  ↓  同じ枝です。 
                (4)
              
                                                                     2008 07 21
     
              「松手入・まつていれ」 って何よ と思われる方はおられませんよね。
              庭師の人に、庭の剪定をしてもらうこと。
     
              古来より、日本の庭木の中心は 「」。
              日本では、松の木や池や石 を中心に造園がなされていました。
              松の剪定には時間がかかりますし、古い葉を落とし、枝ぶりを整えるのは、
              なかなか難しいので、どうしても専門の造園業や植木屋さんに頼むことになり
              ます。
              それで、松手入れ という言い方をするようになったようです。
     
              「松手入れ」 は歳時記では季節は?季語はいつ? と問われると、ちょっと
              悩みますよね。
     
              「松手入」 は 俳句では 晩秋、「秋の季語」 に分類されています。
     
              秋に剪定を行なうのが、植物にとっては一番いいようです。
     
              我が家のように、庭師さんの都合のいい時に来てもらうようにしていると、春に
              来ることもあり、夏に来ることもあり、歳時記どうりにはいきません
              旧盆の前あたりに剪定をしてもらうと、とても庭が綺麗になり、さっぱりとして
              お盆が迎えられるので、いいですよね。
              それで、夏に剪定をしてもらうお宅も多いと思います。
     
     
            (5)
            
                                                         2008 07 19 
     
              松と背後の竹。少し離れて撮ったもの。これが、こうなりました。 下  ↓
     
                (6)
            
                                            さっぱりしました      2008 07 21  
     
              では、俳句を幾つか紹介してみます。
     
                    百枚の障子を開き松手入れ       遠藤梧逸
     
             百枚の障子 と言うのですから、よほど大きなお家、と言うよりは、大きなお寺
              で詠まれた句でしょうか。広々とした本堂や庫裏、そして、伽藍などが思われます。
              梧逸(ごいつ)氏は、明治26年(1893年)岩手県生まれ。
              逓信省(旧郵政省)に入省。郵便局長などを歴任。
              高浜虚子に師事。昭和26年(1951年)  みちのく主宰
              80歳にして、毎月東京から仙台へ、俳句指導に出かけられていたそうです。
              遠藤梧逸氏の句を、もう二句ほど紹介してみます。
              百枚の障子の俳句を選んだので、もう一句 百 の出てくる俳句を・・・・。
     
                     百菊に百官の序のある如し         梧逸
     
                     老いて知る菓子の楽しみ石蕗の花     梧逸
     
              百菊の句。いい句ですね。格調があります。
              それぞれの菊が、色々な形や色で、美しさを競っているのでしょうね。
              二句目は、晩年の句を選んで見ました。好々爺だったのでしょうか、とても
              柔らか味のあるいい句です。
     
              他の俳人の句も載せてみます。
                      
                     松手入れしたたか池に切り落し       野村喜舟
     
              野村喜舟氏は、明治19年石川県生まれ。(1886~1983)
              松根東洋城の後を受け、昭和27年、俳誌「渋柿」の主宰になる。
              喜舟(きしゅう)氏の俳句も、もう一句載せてみます。
     
                     片蔭となりけり陶の蟇              喜舟
                         (かたかげと なりけり せとの ひきがえる)
     
                片蔭というのは、真夏の昼を過ぎ、やや太陽が西に傾き、片方に影が出来て
              いる様子。さっきまで、陶器の蟇にガンガン真昼の太陽が当たっていたので
              しょう。それが、いつの間にか日影の中に 入っているのですね。よかったなと
              いとおしんでいるのでしょうか?
     
              梧逸氏喜舟氏も殆ど同じ年代。明治・大正・昭和と、長く俳句活動をされた
              ようです。
     
             (7)
            
     
              もう少し、俳句を紹介してみます。
     
                      松手入せし家あらむ闇にほふ       中村草田男
     
                  草田男氏の句。剪定をすると、草木のいいにおいがプンプンします。夜になり、
              その香りが何処からか匂ってきているのですね。
     
                      一ぱいにさしてゐる日や松手入      久保田万太郎
     
                      松手入高きに夕日負ひて居り       越智脇子
     
                   どれもいい句ですね。
     
                      三輪山へかかげし梯子松手入       木村蕪城
     
                      松手入れ三の丸より二の丸へ        星野麥丘人
     
                      チェンソーのけたたましきや松手入     照れまん
     
              「」は、大昔から日本中の何処にでも生えていますので、他にも松の季語は
              沢山あります。ほんの一部ですが、松に関係するの季語を書いてみます。
              正月には 「門松」があります。
              春には、「松の芯」や「緑立つ」。 夏には 「松落ち葉」。
              秋には 「新松子」(しんちじり)と言う、青い松笠が季語になっています。
              その他、沢山あるのですが、それはまた、その都度載せてみたいと思います。
     
             (8)
            
                                                                   2008 07 19
               松手入れ    前 ↑        後  ↓
     
            (9)
            
                                                                               2008 07 25
     
              今まで、庭師のおじさんとはあまり話をしたことがなく、軽く挨拶する程度でした。
              ところが、ブログを始め、写真を撮るようになると、庭木の名前を殆ど知らない。
              そこで、剪定の合間の休憩時間などに、話をしてみました。
              それで、色々庭木の名前を教えてもらいました。
     
                     仰角に雲入れて撮る松手入      富澤統一郎
     
              富澤氏は、明治40年生まれ。旧制中学の頃から写真を撮り始めたそうです。
              この句を作ったのは、90歳の頃もう一句紹介してみます。
                     「 ニコンF5予約し卆寿の年迎ふ   統一郎 
              この 二句は 2000年頃に詠まれた句。予約するのですから、普通にカメラ屋
              さんで買うカメラとは違う、高級カメラなのでしょう。高揚した気持ち、待ち遠しさ
              がよく出ています。
              カメラは本職なのでしょうか?90歳で新しいカメラを買われるのがすごいですね。
              写真と俳句を楽しんでおられるのが、何とも頼もしい。
     
              富澤氏の俳句を読んで、自分の1枚目・2枚目の写真。これは雲を入れたら
              良かったのかなあなどとちょっと悔いが残っています。
     
              では、最期に私の拙い一句。
             
                     荷台より梯子降ろされ松手入     照れまん
     
              ぼうぼうになった庭木が剪定されて、さっぱりとして綺麗になるのは、とても
              気持ちがいいものです。
              私も若い頃には、剪定のしやすい木は、時々剪定をしていました。今はまったく
              しなくなりましたけど・・・・。
              時々、体調のいい時、草引きの真似ごとをしています。
     
              今回は 秋の季語 「松手入」 を載せてみました。
     
                     

    照れまん君の俳句歳時記 「悴む」

     
     
              悴みてメトロノームのから響き   照れまん
                                       
                                                                                           ( かじかみて メトロノーム の からひびき )
                 (1)
            
     
               最初に書きました俳句は、1980年代の終わり頃に作った俳句。
               とても、懐かしい俳句。
               入院中に俳句を勧められて、面白半分で作っていた頃。
               季語なども知らずに、自己流で作っていました。
     
               まず、作りたい事柄を箇条書きにしてました。
                (真冬の応接室。日本の応接室はなぜか底冷えがする。
                楽器の練習をしようと、ストーブに火を点ける。
                メトロノームをセットして音階の練習を始める。
                しばらくすると、指先が冷たくなり、動かなくなるのでちょっと休憩。
                ストーブに手をかざして暖め始める。
                ストーブを点けても、急には部屋は暖まらないので仕方がない。
                そうしていると、メトロノームが カッチ・カッチ と一人でリズムを
                刻んで、その音が応接室の壁に反響している。            )
     
               こんな風景を詠みたかったのです。ところが字数が多過ぎて、結局俳句には
               出来ず仕舞い。そこで、短歌にしようと、短歌にしつらえていました。
               ところが、短歌もうまくいかず、結局冬の歌を作ろうと思ったのに、なぜか夏に
               なってしまいました。大笑いです。
               その短歌を思い出しましたので、書いて見ます。
     
                  メトロノーム止めて眺むる窓の外テニスボールの行ったり来たり
                                                    照れまん
     
               それから数ヶ月たったある日、友人が俳壇の載っている新聞を買って来て
               くれました。
               その中の俳句を読んでいたら、季語の見当たらない句があります。
               一字、漢字の読めない句があって、その漢字にルビが振ってあります。
     
               悴む (かじか・む) 。
     
               その時、ピンと閃きました。
                 (カジカム って、夏にはないよね。寒い冬だよねって・・・・)
               これは季語に違いない。
               間違いなく、これが季語だと思った瞬間、「ヤッターッ!」と思いました。
               あの長々と説明をしていて出来なかった俳句。「底冷え」も「寒い」も「冬」も
               「ストーブ」も、「指先が冷える」も必要ない。すべてが、「悴む」で表される。
               その瞬間、スコーン!と出来たのが最初の句。
     
               その後、看護婦さんに辞書を借りて調べてみたら、「悴む」の説明の最期に、
               「冬」 書いてある。間違いなし!
           
                          「悴みてメトロノームのから響き」
     
               我ながらいい句が出来たなあと、感心。自惚れやすい性格ですから。
     
               俳句は、季語を知らないと、季語を見つける 楽しさ・面白さ があります。
               季語を見つけた時って、何倍も喜びがあり、感動します。
     
                (2)
            
     
              悴む を 「字通」で調べてみると、かじかむ の読みはない。
     
              白川静 「字通」  
               悴 : スイ、  いたむ、やつれる、うれえる
                    意味 1、いたむ、かなしむ  2、なやむ、やつれる  
                       3、うれえる、しぼむ
     
               古訓  : ウレフ・クダク・オトロフ・カシケタリ・シボム・ツヒユ・クタバル
     
               立心偏 : 「心」の字は心臓の形に象る。人のこころなり~、以下略。  
                      心・心臓
               卒とは : 卒衣 。死者の襟もとを結んで、霊の脱出を守る の意
     
              どうやら、カシケタリ が 悴む の本来の古い読み方のようです。
     
              広辞苑 によりますと、古くは清音 と書かれています。
              大辞泉 補説に 古くは 「かしかむ」 「悴(かし)く」 とあります。
                   意味  1 手足が凍えて、思うように動かなくなる
                        2 生気がなくなって やせおとろえる
     
              漢字を調べた限りでは、こんな カンジ!でした。 
                                         コラコラ  イヤミ 
     
              古い俳句歳時記には、大正末までは、「こごゆ・手足凍ゆる」と言うのがあり、
              その傍題に「かちける」というのがあったようです。
              大正15年の歳時記の「悴ける」の傍題として、「悴む(かじかむ)」という読み
              方が、初めて登場したようです。
              したがって、「悴む・かじかむ」の読み方は比較的新しく、大正・昭和になって
              からと思ってもいいようです。
              そのせいでしょうか、歳時記の例句には、江戸時代の句が一句も掲載されて
              いません。
     
                 (3)
            
     
              さて、いよいよ俳句です。
              現在では、どの歳時記にも、悴む はきちんと載っています。
              『日本大歳時記』 には 「悴む」 は 冬の季語、晩冬 として掲載されています。          
              傍題に 「悴ける」・「こごゆ」が載っています。
     
              幾つか、俳句を紹介してみます。
     
                    悴める手は憎しみに震へをり     高浜虚子
     
              一体何があったのでしょう。憎しみに震えるのですから、余程のことがあったの
              でしょうね。昭和15年、虚子65歳頃の作品といいますから、もう大宗匠として
              揺るぎない地位にあった頃です。
              私など凡人は、普段ちょっとしたことで、カチンときたり腹の立つことがあります。
              虚子氏のような地位も名誉もある人格者が憎しみに震えるのですから、俳句の
              根本に関わるような、余程の大事が身の回りで起こったのに違いありません。
     
                    悴める手上げて人を打たんとす
                    悴める手上げて見て垂らしけり       虚子
     
              前の句の翌年、昭和16年に、この 二句 が詠まれているようです。
              カーッ!として、誰かを打とうとしたのです。でも、思いとどまったのですね。
              よかったです。
     
                       〈 私なら、虚子先生に打たれてみたいですけどね。〉
       
              コラーッ! 激怒 きっと、あんたみたいな、無神経な弟子がいたのですよ!
                       〈 御免なさい。   シュン (х∪х)          〉
     
                    悴み病めど栄光の如く子等育つ   石田波郷
                            (かじかみ やめど えいこうのごとく こらそだつ)
     
                    悴みてひとの離合も歪なる      中村草田男
                            (かじかみて ひとのりごうも いびつなる)
     
              女流俳人の句も、載せてみます。
     
                    心中に火の玉を抱き悴めり      三橋鷹女
     
              鷹女氏の句は本当に面白い。
              虚子宗匠の最初に載せた句と合い通じるところがあります。
              心の中はメラメラと燃えているのですね。私の事が誤解されているのか、
              それともあなたの言うことには随えないというのでしょうか?言うに言えない
              心の葛藤。心は煮えくり返っている。でも、手は悴んでいるのですね。
     
                    かじかみて脚抱き寝るか毛もの等も  橋本多佳子
                            ( かじかみて あしだき ねるか けものらも )
     
                    悴みて手袋ぎらひ足袋ぎらひ      太田育子
     
                        太田氏の句。私はものすごい冷え性で、夜靴下を履かないと眠れません。
              なので、太田氏がうらやましい。
              もう一句。 取れたての現代俳句を・・・。
     
                    悴みて灯の無き家の鍵まはす     小原祺子
                                                           (おばら やすこ)
                  
              小原祺子氏は、1936年生まれ、と書いてあります。
     
                       写真         ひらめき          写真
     
              ちょっと余談になりますが、3枚目の写真は保育園で撮らせて貰ったものです。
              保育園に行き、保母さんに、 
              「誰か一人、モデルさんになってもらえんかねえ?」と聞いた所、「いいよ」と言い、
              「誰か写真のモデルになりたい人?」と聞いてくれたが、
              みんな恥ずかしがって手を上げてくれない。
     
              「お願い、ちょっと撮るだけ。すぐ終るから!」と、子供に優しく頼み込んだら、
              やっと一人だけ、「いいよ~☆ 」と、手を上げてくれた。
     
              ピアノの前に座って一人だけ、写真を撮っていた。
              保母さんが、「髪を梳かさにゃあ、服はこれでいいんかねえ?」 と、・・・。
              「手しか写さんけえ、大丈夫!」 
              「あっ、そうなん・・・・?」 と・・・。
              やや暗く、光が足りないので、設定を変えながら、パチッ・パチっと何枚か
              撮っていた。
         
              そうしたら、子供達が羨ましくなってきたのでしょうか?こんなに簡単なことなら、
              自分にも出来ると思ったのでしょう。
              みんなピアノの廻りにやって来て、
              「私も撮って・・・私も撮って!!」  ハグ (左)  ハグ (右)   って・・・。
     
              それで、こんなになっちゃいました。
             
             (4)
            
     
              子供達が、「撮ったものを見せて」というので、カメラの裏側のモニターを見せところ、
              「きゃー、気持ち悪い。手ばかりが写っちょる~~。」 
              と言い、みんなで大笑い。   爆笑
     
                       「悴みてピアノを叩く子供達」
              ってなところでしょうか。可愛らしい園児等です。
     
       
                     悴める手をこぼれたる小銭かな    但野靜耕
     
                     悴みてちひさな嘘がいへぬなり     香西照雄
     
              「悴む」 の句をあちこち探してみたのですが、あまり多くは見つかりませんでした。
              最近は暖冬なので、「悴む」感じが少なくなって来たからでしょうか。
              そう言えば、応接室というのも懐かしい響きですね。最近は無くなりました。
              リビングルームやダイニング・リビングになり、部屋全体が暖かくなりました。
     
              歳時記の例句は、どれも人の内面と外面のコントラストが素晴しい句ばかりです。
              
              ところで、ヴィヴァルディー作曲 「冬」 の第一楽章の冒頭部分。
              あまりの寒さに、みんな凍えてじっとしておれないので、トントンと足踏みをしながら
              震えている場面から、曲が始まります。
              以前、 ヴィヴァルディーの「冬」  ← について書きました。もし、お読みに
              なりたい方がおられましたら、こちらを、御覧下さい。
     
     
                     悴みてうまくめくれぬ大辞林     
     
                    悴むや筆順出づる電子辞書    照れまん
     
             今回は、冬の季語、「悴む」 を載せてみました。
     
     
               
     
               

    照れまん君の俳句歳時記 「アップルパイ」

     
     
               アップルパイ家紋にしたき焼き上がり  
                                       照れまん
     
     
            
                                                       2009 01 03
     
              手作りアップルパイを頂きました。
              美味しそう。
              これは、蜜柑の「南津海」(なつみ)を育て上げた、山本さんの奥様とお嬢さんが
              焼いて下さったものです。
              前回,2008年3月にも、一度アップルパイを載せたことがありますが、あの時も
              山本さんの手作りでした。
     
              私はアップルパイやお菓子は、作ったことはありませんが、これだけの物を
              作ろうと思うと二日掛りなのではないでしょうか?
              すごいですね。
              とても美味しかったですよ~! ペロリ ありがとう  星三つ ☆☆☆  
     
              そこで、今回は 「アップルパイ」 です。
           
            
                                                        2009 01 03 
             
              「アップルパイ」 を俳句歳時記 で探してみても、載っていません。
              「あっぱっぱ」 というのは載っています。
              こちらは、夏の季語、「簡単服」の別の言い方です。
     
              「あっぱっぱ」が載っていて、「アップルパイ」が載っていないって、どういうことよ、
              と思いますが、仕方ありません。
     
              「林檎」が 秋の季語 なので、新鮮な林檎を使い作られたアップルパイは 
              冬の季語でもいいのではないかと思います。11月・12月・1月、そして3月頃
              まで、冬場は特に美味しいのではないかと思います。
     
              そこで、照れまん君の俳句歳時記では、「アップルパイ」 を 「冬の季語」に
              認定いたしたいと思います。
              認定 !
             (ただし、これは照れまん君の俳句歳時記だけですから・・・、
                                            そこんとこ、ヨロシク)
     
              アップルパイと聞いても、すぐに思いつく有名な俳句はありません。
              ところが、短歌ではこの歌を思い出すのではないでしょうか。
      
     
                 何層もあなたの愛に包まれてアップルパイのリンゴになろう
                                       俵 万智      「とれたての短歌」より
     
                 キャーーッ! LOVE ですよね。
              強烈な恋の歌。素晴しいというか、羨ましい短歌です。
              この短歌を最初に読んだ時、すご~~い!と驚きました。
              この歌のような女性に、会って見たいもんだと思いました。私なんぞは、
              アップルパイの生地どころか、パッチワークの生地にもなれませんから。
     
              俵万智さんといえば、第一歌集「サラダ記念日」 で、短歌界に旋風を
              巻き起こしました。
     
                 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
                                                   俵 万智
     
              短歌界に革命を起こしました。その後に 次々と歌集を出版。
              第三歌集 「チョコレート革命」 。
              その中から、食べ物に関する歌を二首。
     
                 男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす  俵 万智
     
              もう一首。
     
                 明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる
                                                        俵 万智
     
     
            
                                                昨年頂いた アップルパイ
     
              なぜ、俵万智さんの短歌を紹介したかと言えば、私にとっては大変思い出深い
              歌集だからです。
              ちょうど第一歌集「サラダ記念日」が発売された1987年、私は入院中でした。
              80年代はびっしり入院していました。
              80年代中頃、2人の仲のいい患者さんがいて、俳句か短歌を始めませんか
              と誘われました。
              私は、まったくそのような趣味は無いので、お断りしていたのです。
              そうしたら、度々色んなものを買って来てくれます。果物・御菓子・俳壇の
              載ってる新聞・俳句欄のあるある週刊誌・本、などなど・・・・。
             
              とうとう根負けして始めることにしました。そのすぐ後、勧めた2人は退院して
              しまい、その後は二人とも短歌も俳句もやめて仕舞われました。
              そこで、私一人で細々と続けていました。
              退院した二人は、病院に診察に来るたびに色んなものを買って来てくれました。
              その中に、「サラダ記念日」や「とれたての短歌です」の本がありました。
              短歌って、こんな風にも出来るのかと衝撃的でした。
              俵万智さんの歌を、もう一首。
     
                「今いちばん行きたいところを言ってごらん」
                 行きたいところはあなたのところ        俵 万智
                                           「とれたての短歌です」より 
              参りました LOVE ですよね。すごい。
         
              「NHK俳壇」や「NHK歌壇」のテキストも買ってきてくれました。
              その頃見ていた「NHK歌壇」の中で、今でも覚えている歌がありますので、
              一首、書いてみます。
     
                 君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ  北原白秋
     
              いい歌ですね。格調があります。
              この歌は不倫の歌だと聞いて、「えーっ」と思った歌でした。
              そういえば、俵万智さんも 未婚の母とか・・・、色んな事情があるのでしょうね。
     
              その頃作った私の短歌を三首、書いてみます。
              俵万智さんの影響をものすごく受けています。
     
                 くるくると林檎剥く君つぎつぎと白い小船を作り出したり   
     
                 「エリーゼの為に」を奏でるオルゴール受話器に君の声のするまで
                                                        
                信号待ちの角の店 軒をはみ出し林檎の並ぶ
                                                    照れまん
                                                    
     
            
                                                                             2009 01 03
     
              今回は、独断と偏見で、「アップルパイ」 を「冬の季語」にしてしまいましたが、
              皆様の中でアップルパイの俳句が、お出来になった方は是非、お寄せ下さい。
              掲載させて頂きます。
             
              お待ち致しております。
              ただし、一次予選・二次予選・三次予選と本選が御座いますので、掲載できない
              場合も御座いますのでご了承下さい。  天才  ナンチャッテ。
     
              「あなたの句はどうなのよ?」 といわれそうですが、私の句の場合は、
              敗者復活がありますので・・・・・。
              審査員は三名。 常痔氏と照れまん氏と私の三人です。
              それって、同一人物じゃないのって???
              ハイ!架空名義を作ってますので・・・。    ドテッ ★
     
              じゃ、みんなでアップルパイを食べて、元気よく・・・・。
              3~・2~・1~・ アップル・アップル  ハグ (左) ハグ (左)
     
             こらー、それは ハッスルハッスルでしょう。 
             ゴメンちゃい ! 記事を書くのが アップるアップる なもので・・・・。しーん ▼
     
              アップルパイの俳句は幾つか見付けたのですが、みんな他の季語をちゃんと
              入れて詠んでいました。勝手にここに載せることが出来ないのが残念です。
     
                     白秋さくさくアップルパイサクサク     照れまん
     
              白秋さん、御免なさい。本歌取り をしちまいました。
              もっとマシな句を作りなさいと、叱られそう。    グスッ 恥ずかしい
     
              今回は、美味しい 「アップルパイ」 を載せてみました。
              
                     
              
     
           

    照れまん君の俳句歳時記 「独楽」

     
     
                  独楽廻し地球の自転をはるとき    照れまん
     
                                    ( こままわし ちきゅうのじてん おわるとき )
     
                (1)
            
                                                             どの写真も すべて 2009 01 07 撮影
     
              今どき、独楽廻しをする子供なんか、いないだろうなと思っていたら、
              丁度、子供達が賑やかに独楽廻しをしている所に出くわしました。
              そこで、写真を撮らせて貰いました。
     
              学童保育の子供達18人で、独楽廻し大会をしていました。
              その取り組み表。
                 (2)
            
     
              勝ち残るのは、なかなか大変そう。
              女の子も、5~6人参加して独楽廻しをしていました。
     
              その中で、優勝した児と準優勝の児。
              金メダル銀メダルを首に掛けてもらってました。
             (3)
            
     
              「どうや!僕が金メダルや 爆笑
              勝った時には、両手を上げて喜んでいました。
              折り紙の手作り 金メダル銀メダルです。その他、銅メダル以降は順位の書いた
              メダルがあります。
     
              私が写真を撮っていたら、「おじちゃんは、独楽廻しはできるん?」
              と聞くので、
              「おじちゃんは子供の頃、独楽廻しの鬼太郎と呼ばれちょッたのを知らんのん?」
              と言うと、子供達は、
              「知ら~~ん!ほんまに独楽廻しが出来るん???気持ち悪い」、というので、急遽参戦
              1回戦で負けた人たちの、最下位決定戦(11位~18位)に出て、見事に私が
              勝ちました。
              「おじちゃん、じょうず~~。ペロリ
              それで貰ったのが、11位のメダル。下 ↓恥ずかしい
              これを首に掛けてもらいました。
     
                       独楽廻し大会出場十一位        照れまん
             (4)
            
     
              ところで、コマ を漢字で書くと、独楽。古い字で書くと、「獨楽」
              独楽 はどう読もうと、コマ とは読めません。不思議な漢字です。
     
              これは、古代中国、コマのことが「獨楽」と書かれていたのではないかと、考え
              られているからのようです。
              その後、中国 宋の時代には、「千千」と書かれ、明 の時代には、「陀螺」
              書かれるようになったようです。。
              現在では、陀螺 が一般的で、そのほかにも呼び方は色々あるそうです。
              ところが、本家の中国では、古代中国で呼ばれていたと思われる、「獨楽」は、
              今ではまったく使われず、中国の古語辞典にも載っていないそうです。
              したがって、本家の中国では 獨楽 は何の事か解らないそうです。
              獨楽 と 陀螺 の発音が似ているので、変わっていったのではないかと
              考えられるようです。
              日本に、いつ頃「獨楽」の字が入ってきたのか、本当に中国から来たのかなどは
              不明なようです。
             (5)
            
     
              独楽 のことをなぜ、コマ と呼ぶのか。
              コマの語源ですが、日本で一番古い記述は、平安時代930年代の、
              「倭名類聚抄」の中に 「獨楽」 とは 「古末都玖利」 コマツグリ  と解説
              してあるもののようです。
              「コマ」は、高麗のことで、高麗から渡来したのでそのまま「コマ」と、それに、
              「円い」という意味の、ツグリ・ツムグリ がくっついたのではないかと考えられる
              そうです。それで 「コマ ツグリ」。
              ところが、この朝鮮渡来説に、異を唱える人もいるようです。
              正直な所、中国からの渡来か、朝鮮からなのかは、確証になるようなものが無く、
              はっきりとは解らないというのが、今の所の真相のようです。
     
              ちなみに、世界で一番古い独楽は、エジプトで紀元前2000~紀元前1400年頃
              の物が発掘されたのが、世界最古だそうです。
     
             (6)
            
                                                        色紙を上にくっ付けて廻っています
     
              俳句歳時記では 季節・季語 が五つに分けられていると前に書きました。
              春・夏・秋・冬 そして 新年
              新年の季語って、そんなに多くないだろうと思いますよね。
              ところが、沢山あるのです。
              季節ごとに分冊になっているものでも、新年はちゃんと一冊になっていて、
              かなりの厚さがあります。
     
              さてさて、今回はその 新年の季語 の中から、「独楽」 です。
              子供達が正月に遊ぶ玩具
              色々な種類の独楽があります。飾り専用の美しい独楽もあるようです。
              「ベーゴマ」というものもありますが、これは昔「バイ貝」で作られていたので、
              バイゴマがベーゴマに、呼び方が変化したようです。
     
              俳句ではただ単に独楽と書かれることが多いようです。
     
              そこで、俳句をいくつか、紹介してみます。
     
                       たとふれば独楽のはじける如くなり    高浜虚子
     
                       気に入らぬことある独楽をうちこめよ   富安風生
     
                       惚れ癖も三日坊主やよろけ独楽     小林清之介
     
              面白い句です。もう少し載せてみます。
     
                       紺青の海ひき寄せて独楽廻し       鷹羽狩行
     
                       大木に負独楽の子の凭れをり       上野 泰
     
                       負け独楽の稽古不足を児が悔やむ    村上和子
     
                       富士山の此処らも裾野独楽廻る      嶋田一歩
     
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                                             葉っぱを上につけて廻っています      
     
                     女の子負けじと独楽に紐を巻く
     
                     廻る独楽やがてよろけて倒れけり     照れまん
     
               子供達が元気に、独楽廻しをしている楽しそうな写真を載せたいのですが、
                顔が写っているので、残念ながらやめました。
     
                最近の子供は、室内でファミコンなどをして遊ぶことが多いいようですが、
                こうして大勢で外に出て 独楽廻しをしているのが嬉しいですね。
                私も40年?いやいや50年ぶりに独楽廻しをました。
                何とか、独楽を廻すことが出来たので、 ホッ! 恥ずかしい
     
                「昔とった杵搗き餅」、コラコラ。「昔とった杵柄」でしょう。
                まったく、コマった人。   コマドリ・シマイ ・・・・・・・さようなら。
     
                ではでは、今回は新年の季語 「独楽」 を載せてみました。
                
     
     
     
            
     
              
     
            
                       

    照れまん君の俳句歳時記 「書初め・筆始」

     
     
                      わんぱくや先づ掌に筆始      一茶
     
                         ( わんぱくや まず たなうらに ふではじめ )
     
                    江戸時代の小林一茶の句。
              子供達が書初めをしているのでしよう。字を間違ってはいけないので、先づ
              手の平に試し書きをして、確かめているのです。
              一茶の子供を見つめる優しい眼差し。
              一茶らしい、愛にあふれた楽しい俳句です。
     
                (1)
            
     
              「書初め」と言えば、多くの人が子供の頃にしたことがあるのでは無いでしょうか。
              しかし、大人になってしまうと、なかなか書初めなんかしなくなります。
              書道や詩歌を嗜んでいる人や政治家は、毎年行なっているのではないでしょうか。
     
              私なんか、今 書初めを書けと言われると、何を書いていいのか悩んでしまいます。
              まさか、「お釜」とか、「自首」とか、「金髪牛野郎」とか、「誤読」とか、「阿蘇太郎
              とか、書く訳にはいきませんよね。
     
              漢字というのは比較的読む方は出来ても、書くほうは難しいものです。
     
                     麻生総理が書き初めをしているところが、TVで放映されていました。
                         「 安心活力」と書いておられましたが、なかなかの達筆でした。
     
              大きなお世話ですが、他の字も練習されたら・・・・。  こらこら ウインク
     
              「はじょう?」は 破綻(はたん)ですよ。それから、「ふしゅう?」 それは
              踏襲(とうしゅう)です。その他、「ようさい??」詳細(しょうさい)。
             「ていまい??」低迷(ていめい)。はじょう??」これは、破綻(はたん)。
             「はんざつ??」それは頻繁(ひんぱん)です。
              これらの漢字熟語の書初めも行なえば、きっと じゅんぷうまんぽ??に・・・・。
              もしもし、それも 順風満帆(じゅんぷうまんぱん)ですよ。
          
     
              私なども、頭が「ていまい?」(低迷)し、「はじょう?」(破綻)しそうになっているので、
              「はんざつ?」頻繁)に 書き初め をする しょち?(これは、措置そち)をした
              ほうがいいかも知れません。
              「ものみゆうざん」(これは、物見遊山ものみゆさん)とはいきません。
              う~~、頭が、順風漫歩 になってしまいました。
     
                               ところで、蛇足ですが、麻生総理が書き初めをされた「安心活力」が、又々物議を
              かもしています。
              それは、その字の左に書かれました年号。
              「平成廿十一年 新春    麻生太郎  」と書かれた、廿十 は、一文字で 廿
              (にじゅう)と読みます。随って、二十十 となり、間違っていると言うのです。
              折角、達筆を披露したのに、やぶ蛇になってしまいました。
              うまくいかない時ってこんなもんですよね。
     
                   (2)
              
     
              新年、第二弾は 「書初」(かきぞめ)。
              俳句歳時記では、春・夏・秋・冬 の他に、もう一つ 「新年」の季語があります
     
              それで、「書初」は新年の季語。
              傍題に 「筆始」・「吉書」(きっしょ)・「試筆」・「試毫」(しごう)・「試簡」(しかん)
              「試免」・「試穎」(しえい)・「試觚」(しこ)・「試春」・「初硯」 など。
     
              古く平安時代には、すでに宮中で「吉書初め」の儀式が1月2日に行なわれて
              いたそうです。
              それを、小正月15日に 「三毬打」(さぎちょう)といい、「毬長」(ぎちょう)と言う
              祝いの棒と一緒に焼いて、お正月様が終るとされていた。
              15日の方は、今では「左義長」(さぎちょう)と呼ばれ、「どんど焼き」として
              親しまれています。注連飾りや門松を焼く、こちらも新年の季語。
            
              江戸時代頃より、寺子屋が流行り、ここで書初めが行なわれるようになり、
              だんだんと庶民のものになっていきました。
              それを、どんど焼きに投げ入れた時、高く燃え上がるほど、字が上手に
              なると言われて、どんど焼きも庶民のものに、定着していきます。
               「どんど焼き」は、またの機会に載せたいと思います。
     
              そんな訳で、江戸時代には、書初め が俳句に多く詠まれていますので、
              少しだけ紹介します。
     
                     大津絵の筆の始めは何仏        芭蕉
                         (おおつえの ふでの はじめは なにぼとけ)
     
                     吉書ながら世の消息のせはしなき    嵐雪
     
                     百ばかり年という字を初硯        園女
     
                     大和仮名いの字を児の筆始め      蕪村
                       (やまとがな いのじを ちごのふではじめ)
     
              明治以後の句も載せてみます。
     
                     書初や紙の小旗の日のしるし      正岡子規
     
                     書初やおさなおぼえの万葉歌      竹下しづの女
     
                     和を以て貴しと筆始めけり         阿波野青畝
     
                     上人の吉書の仕度次の間に       河野静雲
     
              やはり、俳人にとりましては、書初めは一年の始まり。
               格調高い、素晴しい句が歳時記に並んでいます。
     
              男の子     音楽       天才       写真       サッカー       時間     女の子       
     
               1月5日。丁度、学童保育の小学生が「書初め」をしていました。
               写真を撮らせてもらおうと思ったのですが、みんな、
               「恥ずかしいからいやだ!」と、撮らせてくれません。
               粘っていたら、その中の何人かが 「撮ってもいいよ」 と 、言ってくれました。
     
               最初の子は、フードをかぶり、「これならいいよ!」と、男の子・・・。
     
             (3)
            
     
              何と書いたのか?途中失敗すると、こんなになってしまいます。下 ↓
              「絶対に、これは撮らんで~~~ガマン。」
              と言うのに、撮っちゃいました。子供はみんなこうなりますよね。
             (4)
            
     
               うまく書けたので、「これは撮ってもいいよスマイル」  というもの。下 ↓
               どうやら、釣り好きの子のようです。
               左に名前を書けば、冬休みの宿題、完成です。
             (5)
            
     
              さすが、島の子。とても、よく書けています。
     
              次は女の子。
              「この字は、変なこと、すなっ!て言う すな??」 下 ↓
                     (6)
                         
     
              「違う~~。すなはまの、砂 激怒 ★ 」 プンプン
              「ごめ~~~ん! 困った」 ペコリ
     
     
               次も女の子。
               何と書いているのでしょう?
                 (7)
            
     
              とても、姿勢のいい女の子。きちんと正座しています。
              左の手本を見ながら、書いています。
                 
              これは、「まあまあいい 天使」  そうです。下 ↓
     
            
     
              私だったら「成長ホルモン焼き」と書きそう。こらこら 天才
     
              私が最後に書き初めをしたのは、12年ぐらい前、入院中に書いた俳句、
              「黒磯の巌に彩さす初日の出」 前回ブログに書きました。
              これは、病廊に張られて、大変患者さんに受けたものなのですが、もう一つ
              短歌も書きました。
              それは、こんなんでした。
     
                     わ   くり
               「吾が胸裡の高鳴り知らず脈を取るナースの君の指の冷たき」 照れまん
                                                            
                 こちらは、看護婦さんに大受けしていました。
             それで、いろんな人から、プレゼントを貰いました。
     
             その時、病院の廊下に貼り出された「書初め」を見て、一首。
     
                ふるへつゝ書初めをする患者らの太字にて書く「愛」「夢」「希望」  照れまん
                                                       
             病院に入院中の人達が、みんな元気になって、退院できるといいのですが、そうは
             いかないのが現実ですね。
     
             では、最後。お口直しに一句。
     
                     引き合いに出さるゝ蚯蚓筆始      照れまん
                     (ひきあいに ださるるみみず ふではじめ)
     
             う~~ん、お口直しになりませんでしたねえ。
             今回は 新年の季語、「書初」 を載せてみました。
     
     
     
     
                  

    照れまん君の俳句歳時記 「初日の出」

     
     
                           黒磯の巌に彩さす初日の出      照れまん
                               
                           ( くろいそ の いわに いろさす はつひので )
     
            
     
                      皆様、あけまして おめでとう ございます
     
                      昨年は いろいろ ありがとうございました
     
                      本年も宜しくお願い申しあげます
     
                      
     
               俳句の季語は四つの季節に分けられていると思いますよね。
               ところが、もう一つ、新年と言うのがあります。
     
               「春」・「夏」・「秋」・「冬」・「新年」 と 最近の俳句歳時記は、ほとんど
               五つに分けられています。
               
               今回のブログ記事は 2009年の 始まりですので 新年 の中から 
               「初日の出」を選んでみました。
               歳時記には 「初日」 として載っています。
               「初日」の季語の傍題として、「初日の出」・「初日影」・「初旭」・「初日山
               があります。
     
               元日の朝 昇るのが初日。
               俳句を幾つか紹介してみます。
     
                        うちはれて障子も白し初日影       鬼貫
     
                        土蔵からすぢかいにさすはつ日かな   一茶
     
     
                      
     
                        初日さす硯の海に波もなし     正岡子規
     
                        初日さす戦後の畳やはらかし      桂信子
     
                        大初日海はなれんとしてゆらぐ  上村占魚
     
               
     
               最初に載せました私の句、
               「黒磯の巌に彩さす初日の出」 は、10年ばかり前、私が岩国市黒磯町の
               病院に入院している時に正月を迎えましたので、そこで作ったものです。
     
               黒い岩でも初日が当たれば白く輝きます。病気で暗い気持ちになっている
               患者さんたちに、「初日の出」のような明るい陽が射し,心が明るくなれます
               ように、快方に向いますようにという気持ちを込めて作りました。
     
               爆笑  今年も相変わらず拙いブログですが、マイペースで続けますので、
                   宜しくお願い申し上げます。
     
                       初日の出何も変わらぬことの幸     照れまん
     
     
     
     
              

    照れまん君の俳句歳時記 「除夜の鐘」

     
     
                 除夜の鐘むなしむなしと繰り返す   富安風生
     
     
            
     
              これは、あるお寺での話。
     
              このお寺には4人の男の子がいました。
              小六・小四・小二・保育園の4人です。
              4人の男の子が除夜の鐘は自分達で撞くというので、住職のお父さんも
              子供達にカウンターメモリーを渡し、任せました。
     
              この子供達が除夜の鐘を撞き始めたのですが、ものすごく速いのです。
              普通、除夜の鐘はゴ~~~ンと撞くと、暫らく間合いがあります。
              音楽で言えば、音楽アダージョ音楽グラーベで、一個撞くと8小節くらい   
              ゆっくり休みがあります。
              そして、おもむろに次を鳴らします。
              それが、音楽アレグロくらいの速さで、1小節に一個鳴らすくらいの感じです。
              速いのです。
              しかも、普通に撞いてるのと同じくらいの時間を撞いているのです。
     
              翌日、子供達に会ったので、「君達!除夜の鐘は何個撞いたの?」と聞くと、
              4人の子供が声を揃えて、
              スマイル  「800個~~~。」
              激怒  「じょ・じょ・除夜の鐘って、108個でしょう。何で800個も撞いたの?」
              恥ずかしい  「だって、去年500個だったもん!」
              激怒  「うう~~ん?・・・・????昔から、除夜の鐘は108個って決まってるの。
                  何でそんなに沢山撞くの。!」
              爆笑  「だって・・・、このほうが、かっこいいじゃん★★」
     
              おそらくこれは、日本新記録だと思います。世界新記録かも知れません。
              ギネスブック物ですよね。
              子供って、誰も考えないようなことを考えますね。
     
              この型破りな子供達が大きくなったら、どうなるのでしょうか?
              面白い人間になるでしょうか。それとも普通の大人に成るのでしょうか。
               楽しみと不安が半々・・・・。
     
            
     
              「除夜の鐘」 は 俳句では 冬の季語
              傍題に 「百八の鐘」 があります。
     
              108個撞く数字の謂れにつきましては、色んな説があります。
               最も簡単な、仏教とは関係の無い説ですが、一年は12ヶ月。そして、
                 二十四節季。それに七十二候。これを合わせると、108 になると言うもの。
              ② 続いて、駄洒落のようですが、四苦八苦 を4×9+8×9=108というもの。
                これはあきらかに、日本語によるものなので??ですね。
               仏教的には、眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身・意 の六根。
                 これに、気持ちが 好い、悪い、平、 好・悪・平 の三種で、18類。
                 18類に、浄・染(じょう・せん)きれい、汚いがあり、36類。これに
                 前世・今生・来世 の三つがそれぞれにあり、計 108 になるというもの。
     
                ③ には別の言い方もありますので、違う言葉や数え方もあります。 
              
              結局、108個の除夜の鐘の謂れについては、はっきりとは解らないようです。
              中国で始まった事は確かなようです。
              お隣の韓国では、なぜか33個だそうです。
     
                                    夜 
     
              除夜の鐘は毎年、「行く年来る年」などで、お馴染みです。
                  そこで、ここでは幾つか、俳句を紹介してみたいと思います。
     
                    町と共に衰へし寺や除夜の鐘        高浜虚子
     
                    百方に餓鬼うづくまる除夜の鐘      石田波郷
     
                    除夜の鐘終りしん後も鳴るごとし     富田直治
     
                    おろかなる犬吠えてをり除夜の鐘      山口青邨
     
                    わが撞きてわが音として除夜の鐘      加倉井秋を
     
              いい句ばかりです。
     
                    酔漢の除夜百九個目を鳴らす         照れまん
     
                    こらこら、誰だ~~。
     
     
            
     
              除夜の鐘って、本当に風情があっていいですよね。
              一年の締めくくりという感じになります。
     
              ゴーンと除夜の鐘を撞いて、煩悩を払い新しい年を迎えましょう。
     
              ではでは、今年最後に 私の句を・・・・。
     
                   除夜の鐘終世山を越えられず        照れまん
     
                               (じょやのかね しゅうせい やまを こえられず )
     
              では皆様、よいお年をお迎え下さい。
     
                     
     
     
     
              

    照れまん君の俳句歳時記 「夏座敷」

     
     
                   夏座敷明治のしじまありにけり   照れまん
     
     
           P1180504
     
               我が家には、まだ辛うじて座敷や縁側のある古い建物が残されています。
     
               最近は田舎の家でも縁側のある家は少なくなりました。
               ここ20~30年前よりの新築の家は、ほとんどアルミサッシになり、間取りが広く
               部屋の容積が広くなったぶん、軒下が無くなり、いきなり壁になっています。
               どこも玄関が立派で、広いリビングがあり、ほとんどの家が二階建てです。
               明るくてきれいになりました。
     
               昔の家は土間があり、軒が低くて暗いものでした。その代わり、座敷や縁側
               があり、縁側に座って、隣近所の人がお茶を飲んだりして話をしていました。
               どの家も、行き来がとてもしやすかったですね。鍵を掛けるなどということも
               ありませんでした。
               ああいう風景は田舎でもほとんど無くなり、近所付き合いも変わってしまい
               ました。
     
               おうべいか? と言うギャグが流行っていますが、今は衣食住において、
               本当に欧米化しました。
     
           P1150894
     
               夏座敷というのは特別な座敷ではありません。
     
               夏に、障子を取っ払って風通しをよくし、広々とさせて涼しさを演出する
                            普通の座敷です。
               をかけたり、葭衝立を立てたり、日本の夏といえばこの風景と思われるほど、
               古くからの日本の生活様式そのもの。
     
               俳句では 「夏座敷」 は、当然「夏の季語」になります。
               いくつか 俳句を紹介して見ます。
     
                       山も庭もうごきいるゝや夏座敷      芭蕉
     
                      行く雲を寝てゐて見るや夏座敷       野坡
     
                      他の人の見るもはづかし夏座敷      一茶
     
                      旅痩を目出度がる也夏座敷         一茶
     
               これらの句は江戸時代の夏座敷。
               2番目の 志太 野坡(しだやば)さんは、芭蕉の弟子。
               4番目の一茶の句。江戸時代も肥えているより痩せている方が、よかったので
               しょうか。
     
               現代の夏座敷の俳句も紹介してみます。
     
                       寝ころぶを禁ず寺院の夏座敷    田宮真智子
     
                       大の字に寝るうれしさよ夏座敷    冨野泰啓
                                               (とみのやすひろ)
                  
                  上の二句は面白いですね。実に対照的。
               一句目はお寺、二句目は個人のお家。
               しきたりや礼儀作法を重んじ、修行の場であるお寺。
                   最近の若者は行儀やマナーが悪いので、注意書きがあるのですね。
               それと、個人のお宅、実家でしょうか?そこででくつろぐ喜び。
               正反対のことを詠んでいますが、よく解ります。
               そうそうと納得してしまいます。
     
                        名刹の美しき庭を眺めつつ大の字に寝る心おきなく   照れまん
     
               こんな事が出来たら、理想的ですけどね・・・・。
     
               公と私の場所。二句を並べて読んでみると、本当に面白いですね。
               どちらも、ごく最近の俳句。
     
               もう二句ほど、紹介してみます。
     
                      夏座敷主客裸でありにけり       戸田秋窓
     
                      鈴虫の籠を馳走や夏座敷       大矢内生気
     
     
                 ところで、NHKの大河ドラマ「篤姫」を見ていますと、しょっちゅう座敷が出てきます。
              於一(おかつ・のちの篤姫)様と友人の胆付尚五郎さんがまだ鹿児島にいた頃、
              小松先生の所に度々遊びに行きます。
              そこには、小松先生の妹のお近様がいて、お近様香道がお得意なのですね。
              西郷吉之助さんや大久保正助さんも座敷へ上がることを許され、
              聞香(もんこう)・香遊びをします
              尚五郎(小松帯刀)だけが当てることが出来ず、自分は駄目人間だと落ち込む、
              ところなど、面白かったですよね。
              のちに、7歳上(8歳上?)のお近様が尚五郎さんの奥さんになるなんて、
              その時は思ってもいなかったのです。
              みんな、若くて仲良くて、一番いい時期のお話でした。
     
              我が家でも、夏座敷には、時々 「お香」 を焚きます。
              
              近頃はどこの家庭も、めっきり お香 など焚かなくなりました。
              襖や障子をすべて開け放ってから 香を焚くと、家の中の色んな匂いが無くなって、
              とてもいい香りになります。
              ファブリーズするのもいいですが、時には お香 を焚くのもいいものですよ。
              お薦めです。
     
                                          さりげなく香を聞きおり夏座敷     照れまん       
     
          P1170686
     
                      
                                     あちこちに昭和の軋み夏座敷    照れまん
              
                最近はアルミサッシで部屋が密閉される為、夏は冷房をつけているお家
                も増えてきました。
                田舎に冷房は必要ないと思うのですが、時代でしょうか。
                温暖化対策など、どこ吹く風。自然の風が一番いいのですが・・・・。
     
                夏座敷も、だんだんと無くなってくるようです。
     
                今回は 「夏座敷」 を載せてみました。
     
                昨年、夏の季語 「青簾」「すだれ」 を載せました。
                もしお暇でしたら、そちらも御覧下さい。         
               
           

    照れまん君の俳句歳時記 「花火」

     
     
                   
              木造の家屋おどろく揚花火     照れまん
     
                   ①
             P1160698
     
                  「夏の風物詩といえば?」 というアンケート ベスト10 が地方紙に
                  載っていた。
     
                 私としては 「夏」といえば、海水浴・西瓜・素麺・朝顔 などをすぐに思いつく。
     
                 アンケートの結果を見てみると、海水浴はベスト10に無し
                 ソーメンは8位朝顔は5位西瓜は2位だった。
     
                 では一位は、パンパカパーン!
     
                 第一位、「花火 でした。成る程なあとちょっと納得。
     
                  ②
             P1160705
     
                昨年、デジカメを持ち始めてすぐに、揚花火を撮った。
                撮ったといっても、ほとんど撮れていなかった。
                シャッターを押しても、シャッターが下りてくれない。花火が消えた頃に
                パシャ と下りる。
                真っ黒に点がちょこっとパラ・・・・パラ・・・・。    何で??
                カメラって難しいもんだなあと、改めて知った。
     
                今年はカメラが新しくなり、花火モードがあるので、これで待ち構えていた。
                簡単デジカメだが頼むぞ、Pana の Lumix 君。
     
                結果は、北京オリンピック野球チームと一緒。惨敗!   残念無念! 
                すべての責任は私にあります。カメラは一所懸命頑張ってくれました。
     
                花火を載せるのは止めようかと思いましたが、まあいいかと、思い直して、 
                今のところの、現時点 を載せてみることにしました。
                ①と②と⑥ が今年の写真です。
     
                次に、昨年撮ったもので、辛うじて花火と解るものを、載せてみます。
                去年も今年も、我が家の縁側から撮っています。
     
                ③
             08140026 (3)
     
               俳句歳時記では、「花火」 は 夏の季語
               「打ち上げ花火」・「仕掛花火」・「揚花火」・「遠花火」 などがよく使われます。
     
               ところが、歳時記によっては、秋の季語になっているものもあります。
     
               私の田舎では、盂蘭盆会 に花火を打ち上げます
               かなり多くの街が、旧暦の盂蘭盆に花火を打ち上げます。
               旧暦の盂蘭盆は 歳時記では  になりますので、それで古く江戸時代には 
               花火は「秋」とされていたようです。
               それが、現在では 「」 の風物詩として定着し、あちこちで花火大会が夏季に
               開かれていますので、「日本大歳時記」では「になっています。
     
               それから、大きな歳時記では、線香花火など家庭用の小さなものは、
               打ち上げ花火とは別に、独立した季語として扱われているものもあります。 
     
               「線香花火」 傍題に「手花火」・「鼠花火」・「庭花火」 などがあります。
               歳時記によっては、大きな打ち上げ花火は「秋」として、小さな線香花火・手花火
               を「夏」としているものもあるようです。
              
     
              ④
            P1160902
     
                 村の子供達の花火。
                 ものすごい煙です。
     
                     たれ点ける不発のねずみ花火に火      照れまん
     
                ⑤
            P1160913 (2)
     
                 花火には、素敵な俳句が沢山あります。
               その中から、少しだけ選んで載せてみます。
     
                    花火せよ淀の御茶屋の夕月夜        蕪村
     
                    川舟や花火の夜も花火売           一茶
     
               これは、江戸時代の俳句。
               続いて、もう少し新しい俳句。
     
                    なかなかに暮れぬ人出や花火待つ     高野素十
     
               この句の表記の「なかなか~」は、なか の次に くり返しの「く」 の大きいのが
               縦書きに書かれています。パソコンでの表記がわかりませんので、上のように
               しました。本当は「なか~に」 のような感じです。
     
                    手花火を命継ぐ如燃やすなり         石田波郷
     
                     
                    ねむりても旅の花火の胸にひらく       大野林火
     
     
                    半生のわがこと了へぬ遠花火         三橋鷹女
     
                どれも、しびれるようないい句ですね。
     
                !!!   ★   !!!    ◆    !!!     ▼     !!!
                
                私の村の打ち上げ花火は 200~300発くらい揚がるでしょうか。
                5分くらいで、すぐ終ってしまいます。
                カメラの色々なセッティングをしているうちに、あ~~あっ、終っちゃった
                という感じです。
     
                昨年は デジカメを手に持って撮りましたが、今年は縁側に三脚を出して
                撮ってみました。でもあまり代わり映えはしません。
                一番大きな花火はまったく撮れていませんでした。
     
                では、最期にもう一枚。
     
             ⑥
            P1160694
     
               今回は 夏の季語 「花火」 を載せてみました。
     
     
                       村よりも大きく弾け揚花火       照れまん
                
     
     
            
     
     
                     
     
              
     
     
              

    照れまん君の俳句歳時記 「日傘・パラソル」

     
                       渚辺の子等を見守る日傘かな    照れまん
     
                                             (なぎさべの こらを みまもる ひがさかな)
     
     
               P1160425
     
                 日傘は夏の季語。
     
                 傍題に「絵日傘」・「パラソル」・「夏洋傘」(なつこうもりがさ)などがあります。
                 日傘は白いものやカラフルなものがが多く、フリルが付いていたり、お洒落な
                 デザインも多く、目を楽しませてくれます。
     
                                江戸時代に、子供用に日よけとして登場した日傘。
                   絵が描いてあり、とても綺麗なことから、女性が使い始めた。
                 それを、関西では男性が使い始めて流行したとか。
                 ところが、男性の使用は禁止になったそうです。
     
                 男性は関西人のほうが、お洒落なのでしょうか。
     
                                                大阪に住みつき男日傘かな       小原 野花
     
                        清水の坂のぼり行く日傘かな       正岡 子規
                          (きよみずの さかのぼりゆく ひがさかな)
     
                
                               はるか沖合いに、帆船の日本丸が停泊しています。
     
                      P1160007 (2)
     
                           パラソルと言うと、海水浴の砂浜に立てかけてあるものをよく見ます。
                 あれは、「ビーチパラソル」と呼び、区別しています。
       
                 「日本大歳時記」には、砂日傘」として、独立した季語として掲載されています。
                 傍題として、「ビーチパラソル」・「浜日傘」などが載っています
                 
     
                       ビーチパラソルの私室に入れて貰ふ    鷹羽 狩行
     
                       砂日傘卓もころがし倒れけり         小路 紫峡
     
            P1160577
     
                            一向に子等は入らず砂日傘      照れまん
     
               今回は、夏の季語 「日傘」・ 「ビーチパラソル」 を載せてみました。
     
               
     
     
                        
                               

    照れまん君の俳句歳時記 「昼寝」

     
          
                     いびきかく昼寝のをとこ頼り無し     照れまん
     
            P1150667
     
                昼寝は主婦の季語?
     
                こらー、主婦に怒られるぞ。
     
                ゴメンナサイ、間違えました。昼寝は 女・子供 の季語。
     
                こらこら~~。とうとう、全国の女性を敵に廻したね。どうするつもり???
     
                御免なさい。ひらに、平にご容赦を・・・・。今度はちゃんと・・・・。
                
                俳句では 「昼寝」 は 「夏の季語」。
     
                夏のうだるような暑い時期に、ちょっと昼寝をするとすっきりしますよね。
     
                別の言い方、傍題に 「午睡」・「昼寝覚」(ひるねざめ)・「昼寝起」(ひるねおき)
                「昼寝人」・「三尺寝」があります。
                                         
     
                P1150669
     
                三尺寝 とは、日脚が三尺移るだけのわずかな仮眠、仮寝。
                職人さんなどが、昼食後ちょっと眠るようなものを言います。
     
                外国では、昼休みが 12時から、午後3時くらいまで、3時間も休みが
                ある国があるとか。これだったら、充分に昼寝が出来ますよね。
     
                    クレーンを伸ばせしままの三尺寝     照れまん
     
               
                子育てをしているお母さんは、夜中何度も赤子に起こされますので、
                昼寝をしなければ体が持ちません。
                 それから、最近は夫婦共稼ぎが多くなり、女性も働いていますので、昼寝の
                出来る人は少なくなりました。
     
                昼寝については、別段説明をする必要はありませんので、俳句を何句か
                紹介してみます。
     
                    昼寝するまわりを全部海にして    千葉   保坂末子
     
                この句はとても変わった句です。ちょっとこんな句は誰も思いつきません。
                まわりを全部海にする なんて、私のような無粋な者は、溺れてしまいそう、
                と思ってしまいますが、独創的です。
                不思議な句ですが、面白い句です。
                それもそのはず、2004年度 現代俳句全国大会 大会賞受賞句。
     
     
                続いて、平成9年度、山口県俳句大会入賞句。
     
                    昼寝して本堂といふ広さかな     宇部市  梅林すみを
     
     
              P1160353 
     
                     運慶とのつぴきならぬ昼寝哉     平山雄一
     
                この句はどういう句なのでしょうか。
                運慶の造った仏像か金剛力士像などの前で、昼寝をすることになった
                のでしょうか。それとも、仏像の修理をしている所での昼寝でしょうか。
                はたまた、運慶の事について、原稿か何かを依頼され、それを一所懸命
                調べていて、その写真や資料に埋もれて昼寝をしているのでしょうか。
                締め切りが近づいているので、寝ている場合ではないのに、ちょっとだけ・・・。
                
                
                のっぴきならぬ  と言うのですから、よほどの事情があるのでしょう。
                俳句はあまりに短いので、そのあたりのことがよく解らないのが
                もどかしいですね。
                昼寝の句は、のんびりしたほほ笑ましいような句が多いのに、この句は
                なんとも言えぬ緊張感のある俳句です。
     
                      世の中の重荷おろして昼寝哉    正岡子規
     
                  P1040025
                モドキの昼寝。
                 田舎の通りは、誰も通ることがなく,、海からの風が抜けてとても涼しい。
                 通りの木陰で、のんびりと昼寝。
                 猫はどこでも寝れていいですね。
     
     
               ★   ★   今回、保育園の昼寝の写真を撮らせて貰いました。  ★   ★
     
                子供達の可愛い寝顔に癒されます。
                              どの写真も載せたいのですが、載せられないのが残念です。
                正面からではなく、少し横からの写真を三枚ほど選んで載せてみました。
              
     
     
            P1150672
     
                全国の女性に、申し訳ないことを書きましたので お詫びのしるしに、
                最期に一句。
     
                    いびきかく昼寝のをんなたくましき     照れまん
     
              今回は、夏の季語、「昼寝」 を載せてみました。  
     
     
     
     
     
                
     
              

    照れまん君の俳句歳時記 「母の日」

     
                     母の日のてのひらの味塩むすび      鷹羽狩行
     
             01270009
     
                母の日には、花の写真が一番いいかなと思い、あれこれ探してみたのですが、
                カーネーションの気の利いた写真がありません。
                そこで、我が家の活け花を少し載せてみます。
     
     
             P1040218
     
                 俳句では「母の日」は、なぜか夏の季語になっています。
                       五月の第二日曜日。
                 今年は5月11日が 母の日。
     
                 テレビなどで、色々詳しく説明がされていますので、ここでは説明は止めて、
                 俳句と写真を載せてみます。
     
     
             03020058
     
                      母の日のいつもの母でありにけり     黛まどか
     
     
             P1040638
     
                      子の電話待ちつゝ母の日の暮るゝ       吉本信子
     
     
             P1040646
     
                       母の日の常のままなる夕餉かな       小沢昭一
     
           
             P1040234
     
                P1040232
     
                        母の日の母悲しませ定年来      田川飛旅子
     
             
             01290009
     
                あまり アップにしすぎると、どんな活け花なのか解りませんね。
     
                そこで、ちょっと離れて・・・・二つ。
     
     
             P1040634    P1040235 
     
                 最期に 写真と、わたしの俳句を・・・・。
     
     
             03020063
     
                       母の日や包丁はみな戸の内に       照れまん
     
             

    照れまん君の俳句歳時記 「水仙忌」

     
                       半死死者半生生者水仙忌        大矢内 生氣
     
             02220060
     
                    皆様は「水仙忌」ってご存知でしょうか。
                 おそらく、殆どの方はご存知ないと思います。
                 山口県大島郡周防大島町ではとても有名なのです。
                 少なくとも、周防大島で俳句を嗜むものはみんな知っています。
     
                 1981年1月30日、民俗学者の宮本常一氏の亡くなられた日です
                 毎年、この日に「偲ぶ会」と法要が行なわれていました。
                 お供えに、沢山の水仙が供えられていました。
                 それで、いつの頃からか「水仙忌」法要と呼ばれるようになりました。
                 日本中、どこにでも咲いている水仙が、日本中を歩き回った宮本常一氏に
                 もっともふさわしいと、今では「水仙忌」と呼ばれるようになっています。
                 俳句歳時記にはまだ認知されていませんが、1月30日が命日、
                 「水仙忌」 です。
                                 新しく歳時記を監修される方がおられましたら、冬の季語に、1月30日の
                 「水仙忌」を是非お加え下さい。
     
             02250070
     
                 最初に掲載しました俳句は、東京在住の俳人、大谷内氏の詠まれたものです。
                 彼は宮本常一氏の弟子、仕事のお手伝いをされていたようです。、
                 掲句はとても難しく凝ったものなので、私が解説を書くより、俳人の
                                黒田杏子氏の選評がありますので、それを全文載せてみたいと思います。
     
                  ≪      半死死者半生生者水仙忌    大矢内生氣
     
                    水仙忌は宮本常一の忌日、1月30日である。大矢内生氣という人の生き方
                   を定めることにおいて、宮本常一との出会いが大きな大きな比重を占めて
                   いるというようなことを、作者本人から伝えられた記憶がある。
                    その日のことは忘れない。
                    かの「江戸百景」吟行で大川端を歩き廻り、遊船のゆきかう光景を眺め
                   ながら、両国橋下の石段のような所で、川風に吹かれていた日である。
                    私はこのたび角川選書上下二冊として刊行を見た『証言昭和の俳句』の
                   基本構想を語った。
                    宮本常一を読めと私にすすめてくれたのは、若き日の永六輔氏。三十年
                   も昔のことである。
                    人の縁はこの世のものだけではない。近頃の私はそのように考えるよう
                   になっている。
                    今回の作品、とりわけ常一氏との存問の句、見事な作品だ。望ましき
                   生き方ではないか。
                                選評   黒田杏子    
                                         俳誌 「藍生」2002年5月号より  ≫
     
              03050063
     
                        小雨降る風待ち港水仙忌        照れまん
     
                 山口県大島郡周防大島町 には、宮本常一記念館があります。
                 いえ、宮本常一記念館という名称はどこを探してもありません。
                 正しくは「周防大島文化交流センター」という名称になっています。
     
                 大島郡 旧東和町は大変な貧乏な町でした。借金が多くて殆ど夕張状態。
                 とても、自力で宮本常一記念館を建てるお金はありません。
                 そこで、農林水産省の「新山村振興農林漁業特対事業」の資金を得て
                 建設計画が進み、2004年5月18日に竣工式が行われました。
     
                 子供達の農業や漁業、自然環境への知識習得の為の施設。
                 田舎の子供だけでなく、都会の子供たちもここに来て、農漁村の生活
                 などを知り、体験・学習出来る交流研修センターとしての文化施設。
                 中には、や講義室・図書室が設けられています。
     
                                02160062
     
                 日本の未来を担う子供たちへの素晴しい交流センターです。
                 と、ここまでは表向きの話でして、・・・・・・。
                 中はまったく宮本常一記念館です。
     
                 はっきり言えば、大変な裏技を使って建設をしたと言うことです。
                 地元の者にとってはありがたいことですけどね。
                 しかし、裏技を使い、農林水産省の補助で建てられたが為に、
                 個人の名前を冠した名称が使えなくなって仕舞いました。
                 なんとも複雑な気持ちです。
     
                 ここで、俳句の季語としての「水仙忌」にちなみ、宮本先生が遺された
                 言葉を一つ書いてみます。
     
                 「 是非とも生活の中に詩を見出してほしい。
                   また見出さなければならない。
                  私たちは人生に美しい詩を見出そうとしている。
                  私たちが客観的(つまり、対他反照的ー引用者)で、
                  しかもあたたかい思いやりを持っておれば、
                  おのずからそこに詩が生まれるのである。
                                                宮本常一 」
     
                 そして、宮本常一氏の師である、渋沢敬三氏の言葉を書いてみます。
     
                 「 学者になるな 」 
     
                 P1000751   
     
                 旧東和町は宮本常一記念館建設にあたっては、揺れました。
                 現在、東和町は合併して無くなってしまったので、書いてもいいかなと思うことも
                 あるのですが、また別の機会に書くことにします。
                 水仙の陰で宮本先生が苦笑いされているだろうなと思います。
     
                  では最後に水仙の写真と俳句を一つづつ・・・・。
     
            01140006
     
                        白黒の写真の笑顔水仙忌        照れまん
     
                 「周防大島文化交流センター」は民俗学者、宮本常一記念館になっております。
                 皆様、是非お越し下さい。
     
                 以前に 「水仙」 に付いて書きましたが、もう一つの季語として、
                 今回は 「水仙忌」 について書いてみました。
     
                 
                           
     
     

    照れまん君の俳句歳時記 「雛祭」

     
                       草の戸も住み替はる世ぞ雛の家          芭蕉
     
              02250133
     
                一週間くらい前から、午前中に写真を撮ろうと家の廻りを歩いていると
                保育園の子供たちの元気な歌声が聞こえてくる。
     
                「     ♪ あかりをつけましょ ぼんぼりにー
                      おはなをあげましょ  もものはなー   ~~ ♪   
     
                可愛らしい歌声に、思わず心が和んでしまう。
     
                この歌詞 をブログに載せようと調べてみた。
         
                       「うれしいひな祭り
                                       作詞   サトウ ハチロー
                                    作曲         河村  光陽
     
                全部で 四番まである歌だった。
                すべて、載せてみようとしたら、著作権の侵害になりますので、掲載は
                出来ません、と書いてある。
                これは仕方がない。
     
                03020048
     
                三月三日は桃の節句。お雛様。
                皆様はよくご存知なので説明は止めて、俳句を何句か載せてみます。
     
                        花咲かぬ片山陰も雛祭            一茶
     
                        旅人ののぞきてゆける雛かな   久保田万太郎
     
                        仕る手に笛もなし古雛          松本たかし
     
                        皆老いて雛の客とも思はれず      高木晴子
     
                        雛の間月山の闇流れけり         黒田杏子
     
                      どの句も、みんな素晴しい句ですね。
                ほれぼれするような句です。
     
                        03020116         03020115
                                                  活ける前の桃の花をパチリ                             雛あられ
     
                俳句では「雛・雛祭」は春の季語
                 雛 とだけ書くと二文字で語呂が悪い場合は、「ひいな」と三文字に書いても
                読ませてもいい。
                雛人形の色々な人形が、みんな季語になりますので、言い換え、傍題が
                沢山あります。
     
               03020088
     
                    我が家には男の子しかいなかったので、簡単な雛飾りしかしません。
                では、最後に私の拙句を一つ・・・。
     
                       灯を消せば三人官女しゃべりだす        照れまん
     
                       
     
                

    照れまん君の俳句歳時記 「雪」

     
     
                一つづつ島を包みて雪の来る    照れまん
     
     
             12230019
     
                                
                                                文部省唱歌
     
                     雪やこんこ 霰やこんこ
                    降っては降ってはずんずん積る
                    山も野原も綿帽子かぶり
                    枯れ木残らず花が咲く
     
                    雪やこんこ 霰やこんこ
                    降っては降ってはまだ降りやまぬ
                    犬は喜び 庭驅けまわり
                    猫は炬燵でまるくなる
     
                2008年02月13日_02130001~1 朝 ベランダに降っていたかすかな雪
     
                文部省唱歌 「雪」 の1番を歌った時、こうなりませんか。
     
                   雪やこんこん  あられやこんこん 降っても降っても まだ降りやまぬ
                   犬は喜び庭駆け回り 猫は炬燵で丸くなる
     
                このように歌っていませんか?
                1番の「降っては降ってはずんずん積る~」のところが、なぜか途中から
                「降っても」に変わり、そのあと2番の「降っても降ってもまだ降りやまぬ~」 
                に飛んでしまい、犬が出てきて、猫が炬燵で丸くなっていませんか。
                1番と2番が一緒になって、1番になっていませんか。
                これは、記憶が途中から、印象深い2番の方を覚えているからでしょうね。
     
                       2番の方を覚えていると言う珍しい曲ではないでしょうか。
                ものすごい省エネですが面白いですよね。記憶って実に曖昧なものです。
     
                それともう一つ、「雪やこんこ」を「雪やこんこん」と歌っていませんか?
     
                「こんこ」 はわらべ歌から借りたのではないかといわれているようです。
                「来う此」の、「此処に来い」が転じて、「もっと降れもっと降れ」と言う意味らしい
                のですが、はっきりとした確証は無いようです。
                「こんこ」が正しいのですが、普通には「こんこん」と歌っていますよね。
     
                             唱歌「雪」の歌詞を載せようと調べていると、漢字や仮名表記などまちまちです。
     
                「驅 ける」という漢字も、別に「駆ける」と「駈ける」の3種類の表記がありました。
                なぜだろうと色々調べてみると、昭和7年の唱歌教本が見つかりました。
                それを見てみると、旧漢字で書いてあり、ほとんどの漢字の上にルビがふって
                あります。「綿帽子」は 「わたぼうし」と、「霰」も「あられ」とルビがふってあります。
     
                現在は子供が歌う歌のため、初めから平仮名で書かれていたり、易しい漢字以外
                平仮名で書かれていたり、漢字の横に( )で仮名が書かれていたり、様々な
                表記で書かれています。
     
               02130014
     
               日本は世界でも有数の豪雪国。
               雪に関する言葉は、方言も含めてたくさんあります。
               俳句歳時記には、雪の説明に相当数のページが割り振られています。
     
               俳句では「雪」は冬の季語
               「雪」の中に沢山の言い換え・傍題がありますので、少しだけ書いてみます。
     
               「雪」・「粉雪」・「積雪」・「新雪」・「雪華」・「細雪」・「六花」(むつのはな)・「小雪」
               「根雪」・「深雪」・「雪景色」・「しまり雪」・「雪の花」・「しづり雪」・「雪模様」・「雪国
               他、まだまだ書ききれないほど沢山あります。
     
               この他に、「初雪」・「雪だるま」・「雪囲い」・「風花」など、独立した雪の季語
               も沢山あります。
     
               また他に、春の季語に入るものもあります。
               「春の雪」・「淡雪」・「牡丹雪」・「斑雪」(はだれゆき)・「忘れ雪」・「かたびら雪」
               「泡雪」・「残雪」・「雪崩」などは、春に分類されています。
     
               雪の写真があればここに載せたいのですが、ほとんど雪の写真は撮れません。
               そこで雪の映像ではなく、言葉で浮かぶ映像として、雪の代表的な俳句を
               何句か載せてみます。
     
               *        ゞ       !      ヾ       ж      ※
     
                      雪の朝二の字二の字の下駄のあと      田 捨女
     
                雪の句で最も有名な句は、この句ではないでしょうか。
                有名なわりには、誰が詠んだのか、あまり知られていませんよね。
                田 捨女(でん すてじょ 、1634~1698年)さんの詠んだ句。
                丹波の国 柏原に生まれた、江戸時代前期の女流俳人。
                この句は、わずか6歳の頃に詠まれたというのですから驚きです。
                天才少女でしょうか。素晴しい描写力です。 
                いい句です。
               
     
                私と致しましては、この句を一番最初に載せて、此処に雪の朝、下駄を
                履いて歩いた、雪の足跡の写真を載せようと、雪の降るのを待っていた
                のですが、如何せん瀬戸内海の島では滅多に雪の積ることはありません。
                ブログ仲間の人が、雪の上に動物の足跡や靴の足跡の残った写真を載せ
                ているのを見ながら、いいなあと思いつつ、毎朝かすかな期待を込めて
                カーテンを開けて見るのですが、今の所まだ無理のようです。
     
                       馬をさへながむる雪の朝かな           芭蕉
                                        (うまをさへ ながむる ゆきの あしたかな)
                        是がまあついの栖か雪五尺           一茶
                                        ( これがまあ ついの すみかか ゆきごしゃく)
                        いくたびも雪の深さを尋ねけり       正岡  子規
     
                        降る雪や明治は遠くなりにけり      中村草田男
     
                いい俳句ばかりですね。
                    「 明治は遠くなりにけり」 は雪の句なのですね。中村草田男さんです。
                          
                最後に雪の写真を一枚。
                この写真のどこに雪があるのかと思われるでしょうが、これが今年の
                瀬戸内の雪です。前の2枚目も3枚目も同じ日の朝、わずかな雪の粒を
                写したものです。
                水戸泉が土俵に塩を撒いたより、はるかに少ないです。
                写真を撮っていたら もどき が足元でマイマイするので、ほんのわずかな
                雪を踏んでしまい、撮りたい所の雪が消えてしまいました。
                どれが砂でどれが雪かわかりませんが、2月13日の朝、わずかに落ちていた
                1ミリから2ミリの雪です。
     
             02130012
     
                         雪の野を素足で歩く獣かな        照れまん
     
                今回は、冬の季語、「雪」 を載せてみました。
                
     
                
     

    照れまん君の俳句歳時記 「バレンタインの日」

     
                    楽しみのうすくなりたりバレンタイン      照れまん
     
                 02130051
     
                 きょうはバレンタインの日。
                 テレビやラジオで連日バレンタインの報道がされているので、否でも
                 チョコレートが目に入ってきます。
                 バレンタインについては私が言うまでもなく、あちこちで説明されています
                 ので、此処では詳しくは述べませんが、簡単に説明をしておきます。
     
                 ローマ帝国時代、皇帝クラウディウス(在位268年~270年)が
                 結婚していると兵士の士気が下がると、婚姻を禁止しました。
                 その後、キリスト教の司祭だったヴァレンティヌス(バレンタイン)さんが
                 内緒で結婚させていたのですね。それがバレて司祭は処刑されてしまいます。
                 その処刑された日が、2月14日だったのです。
                 それがずーと後、19世紀、イギリスでバレンタインデーが始まることに
                 なりました。
                 詳しくは、Wikipedia を御覧下さい。
     
                 02050002
     
                 日本での最初は1936年2月12日、神戸モロゾフ洋菓子店で、
                 広告が出されたそうです。
                 戦後は1958年伊勢丹新宿店でバレンタインセールのキャンペーンが
                 行なわれたとあります。
     
              ◆        〇       ★        ☆       $      ▼
     
                 俳句では「バレンタインの日」は春の季語になります。
                 非常に新しい季語なので、戦前のものはほとんど見当たりません。
                 芭蕉や一茶が作っていたら、きっと面白い俳句を作っていたでしょうね。
     
                 バレンタインはとても俗な季語なので、どうしても俳句と川柳の区別が
                 なくなってしまいますが、それはそれでいいのではないでしょうか?
                 楽しい句が多いので、目に付いた句を何句か載せてみます。
     
                    やけに効くバレンタインの日の辛子       三村純也
     
                 バレンタインチョコを誰からも貰えなかったのでしょうか?
     
                    バレンタイン チョコッとだけでもくださいな      たか
     
                 駄洒落だけれども、気持ち、よく解ります。
     
                          02140042   02140045
                 左のビニールは園児の為に保母さんの手作りチョコ
                                               
     
                    チョコの数などで決まらぬ人の価値          やす
     
                 まったくその通り。私など、もう気にする年では無くなりましたけどね。
                 教訓です。
     
                    バレンタイン五分刈り坊主頬紅く          南風子
     
                 これはいい句ですね。恥ずかしそうにチョコを貰う男の子。
     
                    赤と黒男と女バレンタイン               秋光
     
                 何とも意味深な面白い句です。
     
                    胸躍る女子は企業に踊らされ               ニコ
     
                 季語が無いので、無季俳句?それとも川柳でしょうか。この句だけを読んだ
                 だけでは何の事か解りませんよね。でも、この時期に読むと、ハハーンと納得
                 できます。おっしゃるとおり! 
                 躍ると踊る、凝ってますね。   思わず、座布団一枚!と言いたくなります。
     
                    おいしすぎロッテの監督バレンタイン          照れまん
     
                 なんちゃって!
                 
                 皆様も是非一句、バレンタインの句を詠んでみませんか!
     
                       さてさて~~。
                 ◆一つだけ貰ったバレンタインチョコ。早速昼に食べました◆
     
                 02140037
     
                 チョコ大好きな私。あ~~あ、美味しかった。
     
                      バレンタイン家族にもらう照れくささ       照れまん            

    照れまん君の俳句歳時記 「年賀状」

     
                       歯科医より子に来る賀状虫歯の絵       照れまん
     
                「グスグス、スースー。明けましておめでとふござひます。
                 Puおねえちゃん、おたんじょうび おめでとふ
             
              10050004
                          Pu お姉さまの誕生日のお祝いは、これしかないだろう、この写真にしました。
     
               「ねえ、おじちゃん。虫歯が2本抜けちゃった」
               と泣きそうな顔をしていた保育園の女の子。
               「どれどれ、あーんして。お~おっ、これはすごい。じゃあ、虫歯の写真を
               撮ろうね」と、   パチリ!
               子供達が回りに寄って来て、
               「ねえ、写真見せて!」
               小さなモニターの写真を見ると、みんなが大笑い。
               泣きそうな顔をしていた子も、自分の虫歯の抜けた歯並びを見て大笑い。
               「痛くない?」と聞けば
               「全然痛くない」と、笑顔になった。
     
                今回は「年賀状」。
                私は若い頃には、年賀状は出さなかった。正月を過ぎればすぐに友人に
               会えるし、なんか形式的でイヤだった。
     
                それが病気をして入院生活を始めた30代で出し始めた。
                出してみるとこれがなかなかいい。友人の消息が解るし、結婚をしていたり
               苗字が変わっていたり、子供が出来たり・・・・。
                今では、孫が出来ました、というのと、父や母が亡くなりましたという欠礼の
               ものも増えてきた。
                もう、そういう年代なんだなとつくづくと思う。
                年賀状もあれ以来、わずかな枚数だがずっと出し続けている。今では実に
               ありがたいものだと思うようになってきた。
                年のせいだろうか?
     
              01210039 ねずみ年の今年来た年賀状の一部 
     
                俳句では「年賀状」は新年の季語
                最近の歳時記では、季節は4つではなく5つに分けられている。
                春・夏・秋・冬そして、新年。
                新年は本来春の中に入るが、最近の歳時記ではほとんど冬のあと、5番目に
               新年が付け加えられている。
     
                「年賀状」は本来「年賀」の中に含まれるものであるが、近年は日本の風習として
               定着したので、独立した季語になった。
               「年賀状」の他「初便り」・「賀状」・「年賀葉書」・「賀状配達」などの言い換え
               がある。
     
                今のような葉書で出す年賀状は比較的新しく、明治以後になってからのこと。
               それ以前は遠方の為、賀詞にいけない人が書状に認めていた。
     
                明治6年   郵便はがきが発行される。
                明治32年  年賀郵便特別取り扱いが始まる。年内の一定期間に出せば
                         一月一日に配達してくれる制度。
                昭和10年  私製年賀状の為に、年賀切手発行。
                昭和24年  お年玉年賀はがき発行。
                昭和25年  年賀状発行枚数  1億8000万枚。
                平成20年  年賀状発行枚数 39億1650万枚。
                        39億枚を越えるはがきを縦に並べると、約58万キロ。
                        地球をおよそ14周してしまうそうだ。
     
                年賀の賀とは、貝を加えると書きます。貝は美しくお金の役割をしていたもの。
                美しくて価値のあるもの加えるので、目出度いと言う意味に使われるそうです。
     
                最近の季語で、新しく「初電話」・「初メール」・「初ブログ」など、どんどん新しい
               季語が増えてきた。郵便局の経営が難しくなるというのもうなずける。
     
                年賀状を見るのはとても楽しい。みんなそれぞれ工夫していて、干支の
               デザインやカメラで撮った写真を載せている美しいものも増えてきた。
                何度見ても飽きないのが年賀状である。
                これからも、大いに続けて欲しいものだと思う。
     
                           ところで、最初の女の子の虫歯のあとは、どうなったのでしょうか?
     
                こうなりました。
     
              01250047
        
               上の歯はちゃんと新しい歯が生えてきて、下の歯も半分生えてきました。
               でも、別の歯がまた抜けちゃいました。  
                
              

    照れまん君の俳句歳時記 「風邪とガダルカナル」

     
                   いくたびも風邪の体温計りけり    照れまん
     
     
               正月そうそう、ソ連からの贈り物を頂いた。
               これは大変な優れもの。
               ソ連は極寒の地。寒い冬を暖かくするのには最適。
               真夏のように暖かくなります。とにかく暑いのなんのって・・・。
               まるで泳いだように、汗びっしょりになります。
               おまけに、頭痛、吐き気、下痢付き。
     
               1月2日、午後。近所や海の写真を撮り終え帰って来て、風呂掃除をしたまでは
               よかったのですが・・・・。
               その後、何だかちょっと頭が痛いし寒気がする。横になろうかと布団に入っていたが、
               一向に温まらない。
               晩御飯になっても食欲がなく、胃がちょっともたれた感じがするので、御節の食べ
               すぎかなと思ったが、念の為体温を計って見ようかと脇の下に水銀体温計をはさむ。
               ゲゲーッ!
               見たら、38.8℃ 。
               やっちゃったー、という感じ。
     
               インフルエンザに間違いなし。Aソ連だろうか?
               その日の夜、ひどい吐き気と気分の悪さが出たので、もう一度熱を計ってみる。
               39.3℃  これが今回の最高新記録。
                         とにかく、インフルエンザなら最初の3日間にうんと熱を出しきると、
               4日目からは下がり始める。だから3日間の辛抱と薬も飲まず我慢する。
               正月2日夜と3日は救急車を呼ぼうかと思うぐらい気分が悪かった。
     
               思ったとおり1月5日頃から熱が下がり始め、6日朝には7度2分まで下がった。
               これで安心と思いきや、5日ごろから下痢がひどくなり始め、20~30回を
               はるかに越えるくらい。
               もう、トイレに行ききれない。それに一旦下がった熱が、トイレに通う間に体が冷え
               また38.5℃までぶり返す。
               そこで、とうとう我慢が出来なくなり医師に電話。薬を出してもらう。
     
               01120003見舞いに貰ったお菓子 「月でひろった卵」
     
               風邪でダウンして寝ていると、昔同級生のお父さんの話を思い出した。
               このお父さんはガダルカナルの生き残りで、よくガダルカナルの話を聞かせてくれた。
               ガダルカナルでは30回までは下痢とは言わないそうで、30回を越えてからを下痢
               と言い、やっと軍医が診てくれるそうです。
               しかし薬がないので、ただ診るだけでどうにもならないのだそうです。
     
                             ガダルカナルでは、蛾死や病気で大勢の兵隊が死んでいったそうですが、
               友人のお父さんは辛うじて撤退まで生き残り、最後の組で生還できたそうです。
     
                 ☆         ☆           ☆        
     
               昭和16年、初め。召集令状が来て山口の連隊に入隊。半年の基礎訓練の後、
               南方のトラック諸島付近の島の守備隊に就く。
               そこで太平洋戦争が始まったことを知る。
               その島は長閑な島で、戦争などどこで行なわれているのかというほど平穏な日々。
               半年が過ぎた頃、昭和17年6月、トラック島の司令部に多くの兵隊が集められ、
               ガダルカナルへ侵攻する事が伝えられる。
               ラバウルまで輸送船で行き、其処からガダルカナルへ行き上陸用舟艇で上陸する。
               其処では、飛行場の建設に従事し、毎日木を切り根を引抜いて土木作業をしていた。
               
               ようやく、飛行場の姿が現れ第一期工事が終った8月初め頃。みんなアメリカ軍が
               やって来たら、コテンパンにやっちゃろうと話をしていたそうである。
               そんな8月7日早朝、突如としてアメリカ軍の大部隊がやって来た。
               艦砲射撃、飛行機による猛爆撃。守備隊も砲台もなす術がなく、反撃のいとまさえ
               なかった。
               そして米軍が上陸してきた。
               日本軍は虚を突かれ、ジャングルに逃げ込むのがやっとだったそうです。
     
               日本軍は、ここを取られると大変なj事になると、大部隊を増援し、飛行場の奪還を
               計るが、一度は取り戻すのですが、またしてもアメリカの猛反撃に会い、またしても
               ジャングルの中に逃げ込み、その後はアメリカ軍に追われジャングルの中をあっちへ
               こっちへと逃げたそうです。
               その頃は、制空権を奪われ、補給がままなくなり、食料・弾薬・医薬品などが底をつき
               餓死・病死などで大勢の若い兵隊がバタバタと死んでいったそうです。
               木の葉や根や草などなんでも食べ、蛙や蛇はご馳走だったそうです。ところが、
               色んな葉っぱや水を飲むとひどい下痢におかされ、30回の下痢など普通になって
               いた。
               大勢が動けなくなり、倒れている者を見ると、こいつの寿命はあと2週間とか、
               あと1週間、こいつはあと3日で死ぬぞとか、解ったそうです。
               荼毘にふすことも、埋葬することも出来ず、そのまま多くの死体が放置されたまま
               だったそうです。
     
               3万を越える兵隊のうち、およそ2万人が戦死。そのうち、病死・餓死は1万5千名
               におよぶそうです。
     
               昭和18年2月、やっと撤退の命令が下ります。
     
               順次撤退をして行き、自分の部隊は最後の方の組。潜水艦が〇月〇日、〇時〇分
               ガダルカナルのどこそこの海岸沖に、夜、潜水艦が迎えに行くという知らせが入ります。
     
                     星                  夜
                       
               山を下って海岸近くまで行くのですが、その時、山口の連隊に入隊した当時からの
               戦友がもう動けなくなっていたのです。
     
               「わしも連れて行ってくれ!」
               と言うので何人かで話をし、連れて行くことにします。
               木を伐り、かずらを巻き付けて担架を作り、それに戦友を乗せるのですが、重くて
               抱えられないんです。重いというより、みんな、ろくなものは食べていないので、
               ヒョロヒョロ。下痢や栄養失調状態で、自分達自信が立っているのがやっとなのです。
               そこで、前に二人いき、ズルズルと引き摺っていくのです。
     
               やっと海岸近くまでいき、夜陰に乗じてボートで沖合いに漕ぎ出して行くことになり
               ますが、病人は連れてくるなと命令されているので、其処に置いていくことになります。
               その戦友も自分の運命は解っているのです。
               みんなと別れるその時、戦友は一番仲のよかった自分に言います。
     
               「頼みがある。わしの最後の願いを聞いてくれんか?」
               「なんや、ゆうてみい。何でも聞いちゃるど!」
               「わしには妹がおる。器量はそこそこじゃが、気立てはええ。兄のわしが言うのもなん
               じゃが、ほんまにええ娘なんじゃ。そこで頼む、もしお前が日本に生きて帰れたら、
               わしの妹を嫁にもろうてやってくれんか。お前なら安心じゃ。兄のわしが見込んだ
               男じゃけいと言えば妹は喜んで嫁になってくれるはずじゃ。・・・頼む・・・・。
               妹を幸せにしてやってくれんか?」
     
               「よし解った。無事生きて日本に帰れたら、必ずお前の妹さんを嫁にして幸せに
               しちゃるけえのう。ここで待っちょけ。必ず迎えに来るけえ、ええか。」
               と言って、最後の別れになりました。
     
               潜水艦とは無事出会え、その後台湾に行き、其処から内地の病院に送り返されて
               きます。
               回復して、もう一度兵隊に戻りますが、終戦。生きて古里へ帰ります。
     
               戦後、ガダルカナルで置き去りにした戦友のことが気になって仕方がありません。
               まだ生きているような気がしてならないのです。
               とっくに死んでいるのは間違いないのですが、それを家族に知らせに行くべきか
               どうか迷っていました。
               昭和21年になり、終戦後半年以上がたち、少し落ち着いた頃、やっと家族に
               知らせに行くことを決心します。そこで、戦友の古里へ出掛けて行きます。 困った
     
               汽車を降りると戦友が何度も話をしてくれた古里の景色がピッタリと重なります。
               家を見つけ、玄関に入って行き、挨拶をし要件を話します。
     
               「〇〇君はガダルカナルにおいて、名誉の戦死を遂げられました。」
               と、本当のことは言えないまま、簡単な話を終えると
               「失礼します」と、玄関を出て帰路に着きます。
               家族の人達が意外に無表情で淡々としているのが少々意外だった。
               ずっと以前に戦死の公報が入ってるんだろうなと思い、駅に向かって歩いて
               いた。
     
                     すると、後ろから、
               「兵隊さん、兵隊さーん」と呼びながら妹さんが追いかけて来た。
     
               「あのー、ちょっとお聞きしたいのですが、本当に兄の戦友ですか?」
               「えーっ、どうしてですか」
               「あのー、今までに二人、戦友と言う人が来ました。一人はビルマで戦死と言い、
               もう一人は中国で戦死と言います。そして今度はガダルカナルで戦死といいます。
               どれが本当の話か解りません。前の二人は旅費が無いというので、いくらかお礼を
               差し上げました。でも、あなたはそんなことは言いませんでした。あなたは本当に
               兄の戦友なんですか?」
               と問うた。
               「えーッ!」と驚いたが、自分は本当の戦友だと説明を始めた。
               「昭和16年、山口の連隊に入隊してよりずっと彼とは一緒でした。」
               「確かに兄は昭和16年入隊しました。」
               先ほどは疑心暗鬼だったので非礼を詫び、もう一度家に来て話を聞かせて欲しい
               と言うので引き返し、座敷に通された。
     
             01020049
                冬の海  午後3時59分撮影 この1時間後くらいに発熱
     
               そこで、山口の連隊に入ってから、南方の島に行ったこと。そこは平和で戦闘など
               無かった島だたこと。それから半年してガダルカナルへ転進せよという命令で
               ガダルカナルに上陸したこと。
               其処では暫らくはよかったが、やがてアメリカ軍の激しい反抗が始まりジャングル
               の中を逃げ惑ったこと。飢えと病気でバタバタと戦友が死んでいったこと。
     
               そして、彼の最後の言葉を伝えます。
     
               「彼は私に『自分には〇〇子と言う妹がいる。気立てのいい子なのでお前の嫁にして
               やってほしい。兄が言ったといえば妹は必ず承知してくれるはず。必ず幸せにして
               やってくれ』、これが最後の言葉でした。」と伝えた。
               すると、家族の者全員が泪をポロポロと出して、大声で泣き始めた。 号泣
     
               「確かに私の息子に間違いありません。南方から一度だけ手紙が来ました。」
               ありがとうございますと、両親はお辞儀をしながら泣いていた。
               「お兄ちゃんです。お兄ちゃんに間違いありません」と、妹も泣いていた。
        
               結婚と言うのは戦争での特殊な状況下での約束なので、そう簡単にはいかないこと
               など、丁重に御辞退して帰路に着いたそうです。
     
                 ☆           ☆           ☆
          
               同級生のお父さんが口癖のように言っていたのが
               「君たちは幸せだぞ。好きなものが好きなほど食べられて、好きなことが何でも
               出来る。こんな幸せなことは無い.。あまりにも幸せに育ちすぎると、幸せが当たり
               前になって、何が幸せか解らんようになるみたいやなあ。
               わしゃあ、仕事をしても何をしても楽をしようと思ったことは無い。ガダルカナルの
               事を思やあ、死んだ仲間の為にも、ちょっとでも人の為にならにゃあと思ってなあ。
               君達は、もっともっと、勉強も運動もガンバラにぁ!」
               とよく言っていた。
     
               今回、高熱を出して苦しんでいるうちに、お父さんのことを思い出していた。
               30回を越える下痢も経験したので、ちょっとガダルカナルの兵隊さんに近づいたかな
               とそんなことを思いながら、まあこれも良しかなと寝ていた。
               十日目を過ぎ、だんだんと回復してきたので、あともう少し。
     
               10年前に同級生のお父さんは亡くなったが、お父さんの口癖
               「君たちはもっと頑張らにゃあ!」
               と言うのが、今でも耳に残っている。
     
                 時間      ☆         ☆         ☆        夜       
     
               俳句では「風邪」は冬の季語
               この他に「ふうじゃ」・「感冒」・「流感」・「風邪気」・「風邪声」・「鼻風邪」・「風邪薬
               「風邪心地」・「風邪の神」 などいくつもの言い換え、傍題がある。
     
                              最初に書いた私の句「いくたびも風邪の体温はかりけり」はパクリ。
               正岡子規の「いくたびも雪の深さを尋ねけり」が元句です。
               子規さん、ゴメンナサイ。風邪に免じて許して・・・・ルル。
               
     
                       二日はや風邪をひくとはうかつなり       照れまん
     
                         皆様、冬は風邪の季節。風邪をひかぬよう、お気をつけ下さい。